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そして君は風になる  作者: 結城 飛鳥
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『風の行方』 第四話 想いの形

 依音(いおん)の願いは、自分の半身と自分が唯一人愛した人が幸せになること。

 依音を受け入れた人達の願いは、他者のために何もかも犠牲にして生きていた依音が幸せになること。


 二つの願いは決してイコールにはならない。だから和臣(かずおみ)は、例え依音の願いが叶わなくなる可能性が高いとわかっていても、彼らに運命の選択を示した。


「俺達は、依音の幸せだけを願っている…」


 示された選択肢に彼らが気づくことはないかもしれない…そう思っていた和臣だからこそ、最初に依音に手を差し出した存在を驚きながら眺めていた。

 それほどまでに、依音に手を差し伸べた人物は意外な人だった。


「依音。貴女を愛しているとは言わないわ。それが私の、貴女の母親としての最後のけじめ」


 愛しているとは決して言わない。


 これほどまでに娘を傷つけておきながら、愛していると言う資格は持っていないと言葉ではなく態度で皐月(さつき)は泣きながら依音を抱きしめた。

 怖かった恐ろしかった、そして悲しかった存在である依音に出来る自分なりの謝罪だと皐月はもう二度と目覚めることのない娘を抱きしめた。


「わかっていたわ。依音が苦しんでいたことも悲しんでいたことも、優しい子だったってことも」


 それでも、(依音)を拒絶しなければ自分は生きていけなかったのだと語る皐月に、選択肢を投げかけた和臣すらも驚いて皐月を見ていた。

 誰よりも依音を拒絶し、『悪魔の子』の存在を恐れていた皐月の言葉にみな驚きを隠せなかった。


「言葉でどんなに取り繕っても、心の奥底で依音を畏れていたことを知られたくなくて、私は依音を拒絶した…」


 一番最初に依音の手を振り払ったのは、誰よりも何よりも自らの子供を愛していた皐月で、突きつけられた真実から目を反らさなかったのもまた皐月だった。


 愛していたからの拒絶、憎んでいたからこその抱擁。

 それが皐月の依音の母親としての、今この瞬間娘にしてあげられる精一杯の優しさだった。


「…俺は正直、和臣の言葉が信じられない。和臣は信頼してる。だが、依音は俺にとって娘である以前に恐怖でしかなかった」


 和臣が語った真実と己の妻である皐月の行為を呆然と見ながらも、(れん)は依音を受け入れることは出来なかった。

 蓮にとって依音は、依音の能力を知ったその時から娘である前に化け物でしかなかったから。


「依音は蓮さんに何かしましたか?」

「…依音は俺にとって、最初から最後まで異端だったよ」


 和臣の問いかけに蓮は顔を背けながら、今更自分は依音を愛してなどあげられないと宣言した。

 この時には既に今までの依音の優しさに、物心ついた時から依音が己に決して触れようとはしなかったという事に気づいていたけれど、今まで築き上げてきた世界を壊すことなど出来なくて蓮は依音から顔を反らした。


「だから俺は、この罪を一生背負って生きていくよ―――」


 それだけが、真実を知った今も依音に対して救いの言葉をかけてやれない、想いを態度にすることも出来ない中途半端な自分が、娘にしてあげられる唯一の想いだと。

 父親として娘を愛することは出来ても、人として依音を信じることが出来ない愚かな人間である自分を許して欲しいと、蓮は俯きながらも神ではなく依音に誓った。


八嶋(やじま)さんにとって、依音ちゃんはどんな存在だった?」


 両親の言葉を聞きながら、泣きながら依音を見続けている(あき)に対してふと思いついたかの様に、恐怖でも後悔の感情でもない全てを受け入れる強い意志で華音(かのん)は暁に尋ねた。


「今更依音のことを知って、華音ちゃんに何が出来るの?」

「私は何も知らなかった…知ろうとすらしなかった。それが、私の罪なんだと思う」


 後悔する為に、目を背ける為に尋ねたんじゃない。

 許すことなんか出来ないという瞳で尋ね返してきた暁に、華音は真実を受け入れる為に尋ねたのだと暁から目を反らさずに断言した。

 与えられた情報を鵜呑みにして、勝手に恐怖して恐れて自分の半身を受け入れなかった。それこそが、自分の何よりも愚かな行為だったのだと気づいたから。


「…あたしにとって依音は大切な親友で、失いたくないかけがえのない存在だよ」


 それ以上でもそれ以下でもないと、真直ぐに自分を見つめる華音に対して暁は過去形ではなく現在形で今でも依音を信頼していると伝えた。

 本当に依音を受け入れる気があるのなら、自分の手で真実を掴み取れと暁は華音に道を示した。


「八嶋さんは厳しいね」

「それぐらいしても許されるでしょう?華音ちゃん達は、あたしの大切な親友を傷つけたんだから」


 自分の答えに泣くのを堪えて一生懸命微笑もうとする華音の姿に、華音は自分の示した考えを読み取ってくれたのだと、暁は初めて華音に対して笑いかけた。

 華音達が依音を傷つけた…その言葉を文字通り過去形にして欲しいと願って。


「私は依音ちゃんが怖かった。依音ちゃんは私に何も教えてなどくれなかったから。だからそれが私の罪なのだと気づきすらしなかった」


 誰よりも何よりも自分が一番近くにいたのに、自分の半身を見ようとしなかった。

 無知は罪なのだと、自分の決意に微笑みかける暁の姿を見ながら華音はこの時改めて感じた。


「本当に今更だけど、依音ちゃんを知ることから私は始めようと思う」


 何も知らなかったからこそ異能を畏れて華音は依音を拒絶した。だから、真実を…依音の想いを知ってから何をするべきなのか決断すると華音は決めた。

 与えられる情報を真実とするのではなく、与えられた情報から自分の目で耳で感じて、自分自身が判断してから真実として受け入れようと決めた。


「俺は、お前を絶対に許さない。絶対に、忘れてなんかやらない」


 見せかけの姿に惑わされていた自分を許さないこと、愚かだった自分の罪を忘れないこと、それが自分が依音に出来る優しさだという想いを込めて(いつき)は静かに眠っている依音に宣言した。

 素直に誤ることなど出来ない自分に、樹は心の中で嘲りながら自分の想いを伝えた。


「たとえ嘘だったのだと、偽りの演技だったのだと聞かされても、俺にとってお前は化け物以外の何者でもなかった」


 依音の家族のように依音を受け入れることは樹には不可能だった。もうこの世に存在しない依音に同情するかのように、真実を聞かされてすぐに手の平を返して依音を受け入れることなど樹には出来なかった。

 己が幸せになることを望んだのならば、最初から道化を演じることなどありえない。

 道化を演じるリスクよりも、メリットの方を依音は優先したのだと樹は考えていた。


「今更、受け入れることなど出来はしない」


 だからこそ樹は依音を拒絶する。

 最後まで道化を演じた依音の想いを無駄にしないための行為だと、樹は言葉ではなく態度で依音の悲しいほどの優しさに対する想いを示した。




 道標など何もない示された選択肢の中で、彼らが選んだ道。

 選択肢を与えた者たちの願いは、たった一人の少女の幸せ。だからといって彼らが選んだ道が、必ずしも依音を救う手段になるとは思っていない。


 それでも、依音が幸せになることだけを祈っている…






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