第一話 風になった少女
今この瞬間が大切で失いたくないものだから、『貴方を愛している』という、たった一言を伝えることが出来なかった。
「伝えることが出来ていたら、この胸の痛みは少しでも楽になったのかな?」
誰もいない静かな空間の中で、痛む胸を必死で押さえながら私は一人呟いていた。
伝えることが出来たならと呟きながらも、絶対にしなかったであろう自分自身の考えに私はほんの少しだけ微笑んだ。
「…本当は願っていた。私を見て欲しいって…」
決して叶うことのない望み、それでも想うことは忘れられなかった。
彼の心の中に私への想いなど存在しない。彼が見ているのはいつだって、私にとてもよく似ていて決して私ではない一人の少女なのだから。
『どうしてお前は彼女を傷つけるんだ!』
思い出すのは彼の彼女への叫びだけ…あの娘を傷つけていた私に対する非難の声だけ。
本当に欲しかったのは、そんな感情なんかじゃなかった。
『…貴方に口出しされる覚えはない。これは私たち二人の問題なのだから』
『ふざけるのも、いい加減にしろ!』
私は二人に対してふざけたことなど一度だってなかった。どんなに嫌われても憎まれても、私はいつだって二人に対して真剣に向き合っていたのだから。
たとえそれが、自分自身を傷つける行為だったとしても、私にはそれ以上の行為は出来なかった。
『お前は、一度だって人の気持ちを考えたことがあるのかよ』
『そういう貴方は、私の気持ちを考えたことがあるの?』
いつだって私の精一杯の行為は彼らを苦しめるだけで、本当の厚意は届かなかったけれど、それでも私は良かった。
「自分の厚意をわかってもらおうとは思わない。ただ、私の代わりに幸せになってくれればそれで良い」
私はどんなに嫌われても彼らが幸せになってくれれば、私の努力は報われるのだから。
私の行為を無駄な努力だと、理解できないという人もいるかもしれない。それでも私は、今まで自分がしてきたことを後悔などしたりはしない。
それが、私の唯一の誇り。
「…自分でも本当に馬鹿だなとは思うけど…ね…」
自分で自分のことを苦しめて、本当に救いようがないとは思うけれど、私はこんな態度でしか彼らの幸せを願えないのだから仕方がなかった。
気づかれてしまっては、今まで築き上げてきた全てが壊れてしまうから。
『…見損なったよ。最低だな、お前』
『別に、貴方にどう思われようが私には関係ない』
私の口から出る彼への想いは、いつだって嘘で塗り固められていた。
本当はほんの一瞬でもかまわないから、彼女ではなく私を見て欲しいと思わない日はなかったというのに…
「大好きだったよ、貴方が。この悲しみに満ちた世界で、ただ一人私が愛した人…」
静まることのない胸の痛みに耐えながら、私はただただ涙を流していた。
愛された記憶のない私に愛を否定した私に、人を愛する資格がないなんてことは最初からわかっていた。
愛されていたのはいつだって冷たい感情しか持てなかった私じゃなく、似て非なる私じゃない心優しい一人の少女。
「…私は、貴方を愛しています―――」
決してこの想いを伝えることなんかしないから、今この瞬間だけは願わせて下さい。
私が貴方を愛していたという想いを…
『本当にお前ら全然似てないな』
苦笑しながら呟く彼の言葉に、いつも私は気づかれないように微笑んでいた。
柔らかく微笑む彼の姿を見ることが出来るのは私ではなかったけれど…
たとえ偽りでも、愛されていたという事実が残れば私の心は満たされていく。
「―――だから、幸せに…」
それは、彼らの幸せを妨げていた私の台詞ではないけれど。
そして少女は痛みで張り裂けそうな胸を掴みながら、ただひたすらに涙を流し続けた。
そんな彼女の悲しいくらいに切ない優しさは、誰にも気づかれることもなく、いつしか風となって消えていった―――
友達と一緒に運営しているサイトの整理にあたり、削除することになった小説を投稿してみました。