瞹昧な言葉に数字を付けたい
例えば、オリンピックのテレビ中継で、『日本人選手このあと登場』とのテロップが、右上に表示されることが何度もあった。
だが、一時間ほど経っても、日本人選手は出てこなかった。その経過時間は、認識の範囲内ではなかった。
このあとと言っているのに、他の試合が次々と始まっては終わり、始まっては終わっていた。
前の試合の進み具合などで、時間は多少、変わるとしても、『このあと』という言葉に何の効力も感じない。
せめて、次の試合が日本人選手という状況になったときだけに、使ってほしいものだ。
『このあと』は、現在から未来、全てのことを表すのだと、感じてしまう。それだけ、範囲の広い言葉といえる。
だから、そのような重要な場面で使うべきではない。バラエティ番組で、『このあとすぐ』というテロッブが出てすぐに、CMにいった。
そこから、一分半以上が経過した。ここでは、『このあと』が適切であって、『すぐ』と付けてしまうと、二桁秒でも長い。
言葉は、瞹昧になりやすい。解釈は、人それぞれであり、その言葉を意味が瞹昧なまま、使う人もいる。
だから、数字があるのだ。こういう場所こそ、数字が生きてくるのだ。
使わなくてもいい。正式に、定めなくてもいい。ただ、目安にする数字くらいは、設けてほしい。
待てない性格の人や、忠実にもたれ掛かっている人たちは、数字で生きているのだから。
まずは、『このあと』という言葉を、辞書で引いてみた。【今後】や、【これから先】と書いてあった。
改めて、瞹昧すぎると感じた。これでは、モヤモヤが出るのは納得だ。日本人の試合を見たいのに、これでは、トイレや簡単な用事も済ませられない。
【これから先】というのは、現在から全ての未来までという、広すぎる範囲だ。それでは、言葉があっても、何の意味もない。
次の試合になったら、次の試合だと、表示してくれることもあった。しかし、データ放送を見ても、ネットを見ても、いつ登場するかは、書いていない。親切ではないということだ。
テレビで、【このあと】という言葉を使う場合、15分以内が想定される場合のみに、限らせてもらいたい。
このあとバイトがあるんだよね、という場合や、その他の場面では、1時間以内という目安を設けてほしい。
【このあとすぐ】の【すぐ】も、辞書で調べてみた。堅苦しいかもしれないと、少し思い始めてきたが、続ける。
【すぐ】という言葉は、時間を置かないとき、とある。時間を置かないとは、個人の感覚でいうと、10秒以内だ。しかし、個人差はあるので、【すぐ】は、1分以内という目安にしたらどうだろうか。
すぐやると言って、一週間後にやる人がいる。すぐやると言って、半年後にようやく、やる人もいる。
すぐやると言っているのに、一生やらない人もいる。そんなときに、目安の数字があると、いい。
テレビの表示は難しい。言い切ると、苦情が来る。そんな世界だ。予測で、狭い範囲の言葉を提示したら、苦情が来る。
だから、具体的な数字を決めるのも、違うのかもしれない。もう、詳しく試合の流れを、常に表示することしかないのだろう。
元も子もない。という『も』という文字が、一字置きに登場する言葉が、頭に浮かんだ人がいるならば、謝る。すまない。
しかし、それだけ、難しい問題ということだ。今まで使った言葉にも、瞹昧なものは、あった気がする。
範囲が合っているか、合っていないかも。狭い言葉なのか、広い言葉なのかもよく分からないのに、使ってしまっていた。
先ほど、【半年後にようやく】みたいなことを書いた。すぐと言いながら、半年が経ったら、ようやくという言葉で、合ってるのか。
知らずに使っていた。すまない。瞹昧嫌いが、瞹昧な言葉を使うと、こうなる。
大半という言葉を、辞書で調べてみた。すると、大部分という言葉が意味にあった。そして、大部分という言葉を、辞書で調べると、ほとんどという意味も載っている。
そして、ほとんどという言葉を調べると、おおかたという言葉があった。だとすると、全てが同じ意味、ということになる。
大半も、大部分も、ほとんども、おおかたも同じ意味ということだ。そのなかでも、順位を付けてもらいたいものだ。
同じ意味の言葉は、2つまででいい。同じじゃなくて、格差がないと、ある意味がない。
辞書に、〇〇は〇〇よりも少し多め、とか書いてほしい。そうすれば、使いやすい。
少し多めって、どれくらいだよ。みたいに思う人もいるだろう。ひとつ、キッチリとした定義を決めてしまうと、後から次々に、決めなくてはいけないものが、出てくるかもしれない。
それだと、余計にややこしくなる。もう、今のままでいいのかもしれない。決めない方が、平和なのかもしれない。自由がある方が、楽だからね。




