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愛国の王女  作者: 小松しま
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 エリシア王女が去った訓練場は、またたく間に落ち着きを取り戻す。

 むろん、鍛錬のさなか、それなりの熱気はあるのだが、紅一点の華やかさが消えると、一気にむさくるしさが増すのを実感した。

 しかし、これこそ通常運転に相違ない。

 諸国を歩いたハルバートとトーリアスである。

 普通、こうした騎士たちが過ごす場所に、女人が寄り付くのは、よほどの有望株が在籍している場合を除いて稀だと知っていた。

 執心の偶像があれば、世のご婦人たちは、万難を排して、せっせと応援……いや、実際にはただの邪魔だ……の見物に駆け付けるのだから。

 そうでなければこその、通常運転である。

 むろん、中には酔狂な……と言っては失礼だが、まあ、珍しい部類なのは確かだ……女武芸者もいなくはないが、そうした人材は専ら王妃や王女、高貴な令夫人、令嬢方の警護に就くものであって、組織体系も全く別物。

 一般の……それも傭兵や食客扱いされる流れの騎士たちとの接点など、あるものでない。

 実際、このレガーリア王国の宿舎も同様で、女剣士の姿はなかった。

 それにしても、切り替えの早いものだと、新参者の二人は感嘆する。



 結局、王はそのまま寝込んでしまったそうで、その日の執務は、エリシア王女が代理で行った。

 初の護衛任務にあたり、ハルバートとトーリアスは気負いが消えていくのを感じた。

 珍しくない成り行きだと終業後、ルゴールから聞かされ、何とも複雑な心地を覚える。

 ともあれ、本日より二人は、王の身辺警護に着任した。

 専らの役目は執務室ないし自室の前での扉番及び護衛で、前任者四人に加わる形となって交代制で請け負う。

 移動の際に伴するのは扉まで。

 いずれの部屋の傍らにも護衛のための待機室があるため、休憩も可能。

 実に簡単な仕事だが、時を重ねたところで、警備対象者が三日連続で同じになった試しがないのが、痛ましい。

 それだけ王が体調を崩す頻度が高く、そのたびごと、エリシア王女が駆り出されて名代として職務を果たすのだから。

 暗黙の了解で、代理でなく、王そのものとして扱われる慣習になっているらしい。

 普段から臨席も恒例で、そのための席は玉座の後ろに二つ設えてあった。

 もう一方は、言うまでもなく従姉たるロクサーナ姫の分だ。

 発言権があるのかどうかはわからないが、常に閣議を把握すべき立場に、内親王たちはいるのだろう。

 ただ、彼女……やはり彼と呼ぶのは違和感を禁じ得ない……は、公けにおいて表立っての働きを避けている嫌いがある。

 身分の上では、いずれも国王の嫡孫として生まれているため、ほぼ同等の扱いを受けて当然ながら、国に認められず秘密裏に交わした宣誓たる貴賤結婚の落とし胤とあって、ロクサーナ姫は、何かにつけて身を慎んでいる。

 本来なら、彼女こそ国王の座に就いていてしかるべき生まれであるだけに、トーリアスにしたら、奇妙であり、哀れだ。

 しかも呼び名から徹底しているとあっては尚更だろう。

 廷臣たちの長年の習慣……あるいは示し合せで定着したその重みの差は、明確だ。

 いずれにせよ、ロクサーナ姫は、あくまでも縁の下の力持ちよろしく、閣議を除いて、公けの場への臨席は皆無。

 国政への関与も避け、侍従や女官への指示さえ、極力自らが行わないように立ち回っていた。

 その処世はいっそ見事だろう。

 そう……。

 あらゆる振る舞いを配慮しているのだ。

 私的な場において助言を求められる際、王の参謀よろしく、的確な意見を口にしているのを、短い間に、幾度もトーリアスは目の当たりにした。

 それでいて、判断は王やエリシア王女に委ねる賢しさだ。

 先王の教育方針の元、この三人の王族はエネルプ神官長を筆頭とした同じ師たちより、共に勉学を修めているのだから当然かもしれないが、それでも頭の回転の速さは彼女が一つ抜きん出ている。

 双生児が頼りにするのも無理はない。

 そうした訳で、内親王たちは公式な肩書きを有さないままにも王の腹心として支えるべき役目を担っているのだろう。

 つまり、それだけの人物な訳だ。

 であるのに、ロクサーナ姫ばかりが不遇を託っている。

エリシア王女のように、王の代行を請け負わず、騎士たちや閣僚の覚えめでたい訳でなし、ただひっそり控えているだけの存在でいるのが、トーリアスには惜しまれてならない。

 むろん、理由は明らかだ。

 生まれが生まれであるだけに、王位継承に余計な波風を立てないよう、常に留意しているからに違いなかった。

 目立つ振る舞いで有力者たちから注意を向けられ、真実の性を明かされた挙げ句、擁立される事態に至らないとも限らない。

 そうなれば、おのずと国が二分される。最悪、淘汰される側となれば、生き長らえられまい。

 とは言え、動乱に怯え、保身を図る我が身かわいさでの処世では断じてない。

 国を愛し、そこに暮らす民の生活の安寧のためのわきまえだった。

 全く、何と言う傑物だろうか?

 このように優れた身内に支えられているのだから、イルファールス王とて、只者でないとは思うのだが、果たして、その忠誠に見合う器なのかと、時折疑問に思う。

 幼少時より、明晰な頭脳を讃えられ続けているとは聞き及んでいても、豪胆にて強い印象を放つ妹王女に、楚々として目立たないが、地道な尽力で王を支える従姉姫。

 この二人の人物のほどを知れば知るほど、トーリアスは王への落胆が募っていくのを禁じ得ない。

 まして、ハルバートとの交流が深まれば、一層に。

 イルファールス王は、自らの肉体がままならない分、心身共に逞しい騎士であるハルバートへの傾倒をより深め、彼の語る冒険譚にすっかり魅了されるようになったのだ。

 そしてハルバートもまた、病弱な身を哀れみ、何かと心を砕くようになっている。

 妹王女も従姉姫も、彼らの関係への警戒を強めているのが手に取るように理解できるだけに、トーリアスの気持ちは複雑だった。



 彼らがレガーリア王国に赴いてからわずか半月も経たない内に、そうした憂慮は明確になりつつあった。


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