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(トーリアスは、違った)
速足で王の私室に向かいつつ、エリシア王女は肩の力を抜く。
安堵がもたらしたものなのか、それとも失望なのか、自分にも良くわからない。
確かなのは、まだ、未来が定まっていない事実のみ。
(……ハルバートは、どうなのかしら?)
剣を交わせば、真実がわかる。
エリシア王女はそう信じていた。
よって、トーリアスが「違う」のを、受け入れる。
(わたくしの運命は……一体、どこにあるのだろう?)
ずっとずっと幼い日から、未だ見付けられない遥かな希望。
形は定かでないが、必ず邂逅すると、彼女は知っていた。
思い込みでも何でもない。
エリシア王女は、自らが重大な使命を帯びて生まれたと疑わない。
そのための出会いが、人生の分岐点にもたらされるはずなのだ。
神の声を受け取るような聖人ではないが、けれど、間違いない。
現に、師であるエネルプ神官長も、幼い日の訴えに同意してくれた。
高位聖職者の彼は、「わかる者」だ。
ローディアナ神に仕える神官たちでも、強い能力を有する者は、まま託宣を受けると言う。
彼は自らの意志で昇進を拒んだが、その実力は上層部を占める大神官たちと伯仲。
最高位の大神官長が空席で不在の現状、事実上の頂を担う御一同と並ぶ力量の主である。
その彼をして、エリシア王女の使命感を、神からの示唆だと認めていた。
しかし、公けにはしていない。
彼は、親友であった前々王に代わって遺児である孫たちを支えると決意し、特例を希って摂政となった身だ。
表向きの理由は、その通りだが、実際には、エリシア王女の側近くで、彼女の支援をするための判断である。
王族に生まれても、女の身に継承権はない。
ただ、王の双生児の妹と言う特別な「価値」により、一般的な王女より采配の範囲は大きかった。
その一層の力添えを、エネルプ神官長は影となり日向となって行っているのである。
そして、もう一人の内親王、ロクサーナ姫に対しても同様に。
彼女たちが王の両腕役を担えるのも、エネルプ神官長が多くの場面で隠れ蓑役をこなしてくれるからこそ。
だが、あくまでも政治的な分野における後ろ盾でしかない。
大陸が動乱に陥った場合、聖職者の彼にかなう手立ては限られるだろう。
その不足を、ハルバートとトーリアスは、補ってくれるのだろうか?
現状、ルゴールの働きに不足はない。
けれど、この先も安堵できるか、難しいところだ。
(まずは……ハルバートとの手合わせを終えてからね……。剣を交わせば、きっと、わかることがあるでしょうから)
事実、トーリアスが「違う」のを、エリシア王女は即座に看破した。
もしかしたら、ハルバートは「そう」なのかもしれない。
そもそも、ルゴールの甥であり、彼に将来性を買われただけの男だ。
しかも、自らを前座扱いしたハルバートが認める相棒。
当然、それなりの器だろう。
しかし……。
(何だろう? 何とも言えない不安があるわ)
悪い男とは思えない。
むしろ、快活さが目に見えており、口数が少なく表情に乏しいトーリアスよりよほど、人好きする輩だろう。
なのに、エリシア王女は本能的な忌避を覚えてしまう。
そして、その直感は悲しい形で的中するのである。