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愛国の王女  作者: 小松しま
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「……完敗、だわね」

「はい」

 トーリアスは、涼しげな顔で認める。

 力量の差は、見守る一同にとってあまりにも明らか。

 エリシア王女は、傷一つ負わずに手合わせを「終わらせられた」。

 しかし、彼女の剣が本物なのは、誰もが理解するところだ。

「見事な太刀筋でいらっしゃいます。……実戦でも、充分役立ちましょう」

 トーリアスは、自らの剣を鞘に戻してエリシア王女の前に歩み寄ると、膝を折って手を差し出す。

 口にしたのは、追従でなく真実の評価。むしろ賞賛だ。

 彼女は喉で笑うと、その手にすがって立ち上がった。

「で、殿下!」

 はじかれるようにして、ハルバートが駆け寄る。

「ハルバート。また次の機会に、あなたとも手合わせをお願いさせて頂戴」

 疲労困憊の状態で再戦は無謀だと、エリシア王女も理解しているため、続けざまの挑戦を避ける判断をした。

 実際は、膝が笑って自力で立つのもおぼつかない。

 それでも精一杯の矜持で、彼女は背を反らす。

 自らの誇りにかけて、無様な真似は見せられなかった。

 目の前の男は、只者でないのだから。

 この先、互いの立場がどう変わるか定かでないが、いついかなる時であれ、誇りを失わず、胸を張って対峙してみせると誓う。

 だが、今ばかりは、完璧にあてられた。

 覇気。

 打ち合いのさなかに得た高揚にも似た怖気を、咄嗟にそう断じたが、実は知らないものでない。

 確証はないが、幾度となく、従姉のロクサーナ姫との稽古中に、近しい震えを感じた経験があったのだ。

 あくまでも、似て非なるものだとは思う。

 早い段階で剣を手放した従姉姫は、おそらくエリシア王女以上の才を持っていたはずだ。

 けれど、身のわきまえに長けた彼女は、早々にその道を断念し、剣を針に持ち替えた。

 今や、すっかり刺繍の名人として知られている。

 いずれ市井に下った際、身を立てる手段の一つにする考えらしいが……。

 ちなみに、王である兄との鍛錬を行なっていた時分に、このような感覚を得た試しはない。

 酷を言うが、何事にも向き不向きはあろう。

 そもそも、彼は諍いに向いていない。

 肉体的のみならず、精神的にも。

 国政など、その最たるもののはずだ。

 けれど、イルファールス以外に、担うべき者がいないのだから、仕方なかった。

 ……そう、瞬時に思考を巡らせたエリシア王女は、ハルバートと向き直ったまま、先ほど弾き飛ばされた剣を拾うトーリアスを横目で捕らえる。

 改めて思うに、勝負を通して読み取ったのは、凄まじいまでの「旺盛さ」だった。

 あれこそ、実戦で磨き抜いた精彩が放つものなのだろう。

 打ちのめされるのも仕方ないとわかっていても悔しい。

 仮にも王女だ。

 制度上、登極の望みはないが、それでも兄に万が一の事態が起こった場合、代理で中継ぎの役ぐらい、担う可能性は皆無でない。

 それこそ、法にさえ妨げられなければ、いつ正式な王になってもおかしくない立場なのだ。

 実際、それを望む心は否めない。

 なのに、目の前のこの男に、全く太刀打ちできなかったのが、口惜しかった。

 持って生まれた器云々の前に、現状でトーリアスは、一介の傭兵に過ぎない。

 なのに、この時点でさえ、自分は相手にもなれない存在なのだ。

 けれど、内心を隠してその親友、ハルバートに笑みを向けた。

「……」

 手合わせを請願された彼は、返す言葉に苦慮して喉を鳴らす。

 たった今、目の前で演じられた一幕を見ただけで、エリシア王女の腕のほどは理解した。

 面白半分のお遊戯では断じてない。

 とは言え、ハルバートと対等に戦うのは不可能だ。

 そもそも、彼とトーリアスの技量はほぼ互角。

 でなければ、互いの背中を預け合う関係にならない。

 そのトーリアスが格の違いを承知の上、全力で対峙した相手だけに敬意を表すのはやぶさかでないが、いざ一戦交えたところで、間違いなく彼女が負けるはずである。

「……多分、今のままでは、こてんぱんにのされておしまいでしょうけれどね。……けれど、いつか必ず、一本奪ってみせてよ」

 当人もわかっていたようだ。

 その上での力強い宣言に、ハルバートもトーリアスも圧倒される。

「王女さん。あんたも懲りないねぇ」

「だけどよぉ。お前さん、また強くなったんじゃねえか?」

「おう。もう、俺なんか、三本に一本は取られるもんなぁ」

「てめえは、隙がありすぎンだよ」

 周囲から、実に気安い声が上がる。

 場が盛り上がった。


「王女さま! エリシア王女さま!」


 その時、王が熱を出して倒れたとの報を持って女官が駆け付ける。

 エリシア王女は、トーリアスから剣を受け取り、鞘に納めながら一同に別れを告げると、彼女と共に兄の元へと急いだのだった。



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