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愛国の王女  作者: 小松しま
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 王女は瞳に力を込める。

「余計な口上は無用。……騎士なれば、剣が全てを語りましょう。同時に、わたくしと言う存在が、いかなるものであるかも、読み取ってくださるのではなくて?」

「……なっ……」

 これまた真理だ。

 同僚たちも、訳知り顔でうなずくばかりである。

(……この王女さんは……)

 トーリアスは、ひそかに喉を鳴らす。

 「粋がって男装し、面白半分に剣を振り回す軽佻浮薄な王女」。

 こうした偏見がいかに不明なものであるか、彼女は剣を以て証明しようとしているのか?

「剣の道を目指すわたくしの姿勢が、道楽王女のお遊びに過ぎないかどうか、言葉を尽くそうとは思わなくてよ。同士にさえ、理解してもらえれば、それで良いのですもの」

 言いながら、王女は切っ先を二人に差し出す。

 周囲から口笛さえ飛ぶ主張だった。

 からかいでは、断じてない。

 強い敬意だ。

 つまり、打ち合いは万の言葉に勝ると告げた訳なのだから。

 剣を扱う者にとって、この上なく好ましい信条だった。

 ……これはもう、騎士の魂が心酔して当然の御仁である。

 不安定さのかけらもない、芯の通ったしっかりとした姿勢も、剣を持つのに慣れた者の所作に相違ない。

 柄を握る手には、歴戦の勇者たちと遜色ない無骨な特徴が刻み込まれているはずだ。

 淑女には不似合いな、けれど道を究めんとする者にとって勲章以外の何物でもない堅い皮膚の凹凸が。

 そうした手を持つ者を、同じ道に生きる魂は、決して否定しない。

「では……露払いを、勤めさせていただきたく存じます」

「お、おい! トーリアス!」

 立ち上がりながら、鞘から剣を抜き取る親友に、ハルバートは、声を裏返させる。

「一切の手加減無用にて、お相手仕りましょう」

「トーリアス!」

「ほほ……。光栄だこと」

 エリシア王女は満足そうに笑って、周囲を見渡した。

「この場に集う全員が証人です。これよりの手合わせで、わたくしが傷を負い……万が一、最悪の事態に陥っても、トーリアスに咎はありません」

 その宣言が放たれるなり、一同、深々とひざまずいて同意を示す。

(……やはり……)

 トーリアスは、即座に理解した。

 洗礼だ。

 彼女はこうして、自らの本質をさらけ出して騎士たちの忠誠を得てきたのだ。

 何とあっぱれな傑物かと、震えあがる。

 心腹に値する人物なのは、剣を交わす前から、既に明らかだった。

 軽い気持ちで訪れた国で、もしかせずとも、トーリアスは、生涯の出会いを果たしたのかもしれない。

 そして、いざ、剣を交わせば、エリシア王女もまた、同じ思いを噛み締めた。

(強い!)

 さすが、あのルゴールが自らの後継者に推挙するほどの男が、片腕と頼む親友だ。

(稀有な器だわ……。未だかつて、これだけの男に出会ったことはない)

 打ち合いのさなか、幾度と知れず、彼女の身体にしびれが走る。

 それは、単純な力量の差がもたらす衝撃による肉体の反応ではなかった。

 もっと奥深い、本質的な部分での畏怖と、相反する至福だ。

(もしかしたら……)

 じわじわと、エリシア王女の中に歓喜が込みあがる。

 ずっとずっと求めていたものが、ついに訪れたのかもしれない。

(いえ……。でも……)

 そうであって欲しいとの希求に水を差す違和感もまた、存在するのが厄介だ。

 エリシア王女は、自らの直感の正しさを確信している。

 盲信できないためらいはすなわち、否を告げるものだと、否応なしに理解してしまった。

(違う……でも、……この男は、強い!)

 最初こそ何とか互角のやりとりを演じられたが、さして時を置かず、防戦一方に追いやられてしまう。

 仕方がない。

 力の差は、あまりにも大きい。

 踏んできた場数も比べ物にならないのだ。

 積み重ねた全てが桁違い。

 彼女とて、一切の妥協なく鍛錬を積んではきた。

 王女として修めるべき学習をおろそかにはできないが、捻出した余暇の全てをつぎ込んで、誠心で剣と向き合い続けたのだ。

 それでも、役者が違う。

 太刀打ちできるはずがなかった。

(覇気! ……そう、この男にあるのは、覇王の力!)

 引導を渡されたその瞬間、確信する。

 この男は、一介の傭兵で終わる器でない。

 イルファールス王などとは比べ物にならない覇道の宿命を背負う者だ。

 世が乱れる時、割拠する英雄の器。

 一国の主になるのも夢でないだけの魂の強さを感じる。

 弾き飛ばされた剣の行方も追わず、膝を着き肩で息するエリシア王女は、目の前の男を凝視した。


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