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翌日早々、ルゴールの読みは現実となった。
訓練場に、エリシア王女が単身、訪れたのである。
これがまた、新たな驚きを生む姿だった。
「噂」通りの男装の麗人。
波打つ美しい金髪を総髪に束ねて、まるで馬の尾のようになびかせつつ、騎士の稽古着そのままの装いで現れたのである。
腰には、しっかり馴染んだ様子の剣まで佩いていた。
彼女は、すぐさま訓練中だった傭兵たちに囲まれ、にこやかに挨拶や軽口を交わし合う。
新参者の通過儀礼よろしく、昨日は宮城内の案内と挨拶回りで費やし、明けた今日は先達たちと剣を交わすように指示されたハルバートとトーリアスは、周囲から促されて、彼女の前に引き出された。
謁見の間での貴婦人然とした姿とはまるで別人の有り様に驚かされたが、凝視もはばかられ、彼らは作法に則って、その場にひざまずいた。
が、礼を尽くしているのは、二人のみ。
他の取り囲む一同はむしろ面白がって笑みを浮かべている。
それが、彼らの関係なのだろう。
「ごきげんよう。昨日は、良く休めて?」
王の御前での下問と、一言一句変わらないそれに、ハルバートもトーリアスも、鼻白んでしまう。
すると、エリシア王女は、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ごめんなさい。からかっている訳でななくってよ。ただ、到着直後の伺候よりも、城を見て歩いてからの方が、気後れを覚えて疲れる場合が多いそうだから、あなた方はどうなのかしらと思って」
「大事ありません。お気遣いに感謝いたします」
悪気はないらしいと判断して、ひざまずいたままのハルバートはこうべを垂れて、そつなく敬意を表した。
隣で倣うトーリアスも無言で一礼する。
物申したいところは多々あるが、それでも、実際、言い得て妙だろう。
自分たちはまだ、各国の城を見知っているが、傭兵の全てが王侯貴族と関わっている訳でない。
そもそも、彼らは、束ねの後継者候補としての召し抱えなのである。
一介の兵卒レベルと経験が違って当然だ。
扱いしかり。
言い方は悪いが、新兵に毛の生えた程度の半端者が傭兵業をはじめて早々、宮中に上がりなどしたら、文字通りの別世界を垣間見て、圧倒され、足元の危うさに見舞われるのが当然だった。
まあ、腕一つが商売道具となる厳しい世界なので、常識的にあり得ないとは思うが。
それにしても、王女の気さくさには、驚かされる。
取り囲む騎士たちにしても、親愛と敬意を惜しみなく示しているのだ。
ルゴールも彼女にいたく好意的だったが、果たしていかように荒くれ者たちを心酔させたものかと、興味を抱く。
そんな二人の心境を読み取っているのだろうか?
エリシア王女は笑みを浮かべて腰の剣を取った。
「では、疲れがないのなら、わたくしと手合わせをしていただけるかしら?」
「は?」
「!」
ハルバートもトーリアスも、揃って全く同じ動きで、顔を上げる。
とたん、周囲の人垣から、どっ……と歓声が起こった。
傭兵たちは、事態を歓迎しているらしい。
まさかと思うが、これもまた通過儀礼だとでも言うのだろうか?
「な、何をおおせでございますか、殿下! と、尊い御身に……そのようなっ……」
ハルバートの換言は尤もだろう。
いかに列強から侮られる小国の王女とは言え、背負う歴史の重みは、大陸屈指。
その直系たる高貴な内親王である。
正気の沙汰でなかった。
しかし、騎士たちの笑い声が、それを上滑りさせた。