13
一方のトーリアスはロクサーナ姫の姿を思い返す。
改めての驚きだが、とても同性とは信じられない。
ほっそりとした、中性的な美しい貴婦人だった。
だが、それを言ったら、イルファールス王とて同様だ。
ドレスを纏えば、充分王女で通用するだろう。
何せ、横に同じ顔の妹がいた。
病弱が理由だろうが、体格もさほど違わない。
あの、生命力のきらめきに満ちたエリシア王女と逆であれば……と、きっと、周囲の誰もが惜しんでいるに違いない。
いや……もしかしなくとも、誰よりも当人が……。
本当に、彼らが反対に生まれついていたら、憂慮の多くが意味をなさなかっただろう。
歴戦の猛者である彼らをして、エリシア王女の風情は、たまらない親近感を抱かせた。
予め聞いていた「噂」がある程度の先入観の元となったが、男らしさだの、女らしさだの……それこそ、思い込みの基準に過ぎないのかと、ひどく混乱してしまう。
であっても、見抜いた事実が一つあった。
エリシア王女とロクサーナ姫。
間違いなく、あの二人は剣の使い手だ。
それも、かなりのレベルの。
更に言うなら、短い邂逅でも畏怖を禁じえなかった、ロクサーナ姫のあの威厳。
正直、よくも身震いを抑えられたものだと思う。
隣の親友や、上司となったルゴール。
それに、あの場のお歴々方。
皆、平然と堪えきっていたのだから、感服する。
…………気付いていないなど、あり得まい。
それこそ、まさか……だが……。
「噂以上に、あの王女さん。……それに姫さんの方も、剣を扱うようだが?」
そう指摘したのは、トーリアスだ。
「おお、良くわかったな」
ルゴールは表情を和らげる。
蛇の道は蛇、
同業者にはその物腰で一目瞭然だ。
王の両脇を守っていた内親王二人。
いずれも、只者でない気配が漂っていた。
姿勢や、所作から、ひとかどの者なら、充分察知し得る域である。
「やはり……か」
ハルバートも肯首する。
じゃじゃ馬姫の噂の中に、真実も潜められていたようだ。
軽佻浮薄な上辺だけのごっこ遊びでなく、彼女たちの乗り越えた鍛錬は本物だ。
騎士の勘が、そう告げている。
「前王の御遺言でな。王女殿下と姫君には、イルファールス王と同様の教育を課すよう命じられたんだ。通常の王子が修めるべき勉学の全てをな。剣術もその一環だったが、これが驚くほどの逸材でな」
ルゴールも、大陸全土に剣の腕で名を知られた騎士だ。
優れた人材を委ねられ、教育に熱が入るのは無理もない。
前王も、世継ぎとして心もとないイルファールスの助けとなるように、最も近しい身内である王女たちに、片腕たらん能力をつけるのが最善と判断したのだろう。
そしてそれは、いずれ市井に下るロクサーナ姫にとって、貴重な財産となるはずだ。
金銭は消費すればなくなるが、身についた教養や学問、鍛錬は、決して裏切らない。
生涯を共にする武器となるのだから。
「生憎、陛下はあの通りご病弱だったため、基礎の基礎をどうにかこなしただけだったが、お二人ともすっかり執心されて、特に王女殿下は今でも訓練場にほぼ日参されるほどだぞ」
つまり、ロクサーナ姫はそうでない訳だ。
けれど、エリシア王女の剣の鍛錬が現役なのには納得である。
世間をにぎわせる「噂」の裏付けにもなろう。
「騎士たちも、すっかり殿下に心酔しきっていてな。あの方を歓迎しない者などおらん。お前たちも、いずれ手合わせの機会があるだろうが、姫君のお遊びだと油断せんことだな」
「ほう? 叔父上がそこまで言う腕前とは……」
ハルバートも興味を抱いたようだ。
トーリアスは、軽く肩を竦める。
ルゴールの言葉を疑うつもりは毛頭ない。
きっと、それだけの腕を有しているのだろう。
であっても、自分たちの相手になれるかは懐疑的だ。
どれほど尽力したところで、経験の差のみならず、年齢と男女の違いは大きい。
……と、そこまで考えて、ロクサーナ姫が今は剣から距離を置いている理由を察する。
そして、奇妙な符合に得心した。
エリシア王女の存在は、イルファールス王にとってもロクサーナ姫にとっても重畳だろう。
彼女がいるからこそ、「あらゆる不自然さ」から、人の目が避けられているようだ。
不躾を承知で言えば、何とも「面白い」現状だった。
(……退屈、せずに済みそうだな……)
レガーリア王国で過ごすこれからの日々に、期待が高まる。
トーリアスは、ルゴールの後継者候補であるハルバートと違って、この地で長く過ごす義理はなかった。
武者修行の旅の途中、隊商の護衛として夜盗と切り合っていた彼の窮地を救って以降、無二の友となり、行動を共にしているが、未来の約束などあるはずもない。
気の向くまま好きに動くのが信条なので、道を違えたところでまた一興。
今回は、特に他の仕事もなかったため、誘いに応じて同道したが、なかなかどうして面白い経験ができるかもしれない。
奇妙な予感があった。
そしてそれは、遠くない未来。思いがけない形で的中する。