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愛国の王女  作者: 小松しま
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 歴史に大きな足跡を記して久しい「度量衡の一致」。

 かつてイブリール帝国に降臨した神の寵児、「黒の皇后」と呼ばれた偉人の提唱したそれは、世界に経済革命をもたらした快挙だ。

 レガーリア王国は、その価値の大きさを充分理解した上、あえて賛同しなかった結果、共通の価値基準を得られず、世界情勢に大いに後れをとっているのだが、全く頓着していない。

 この地は、世界水準を目指さず、あくまでも内需に特化させたのだ。

 それで軋轢が起こらなかったのは、奇跡と言ってはばかるまい。

 いかにレガーリアの民が、自らの利の追及のみに邁進せず他者の意見を重んじ、言い方は悪いが妥協に長けていたかを、列強に印象付けられる結果となったのは、重畳である。

 治世者の権威がさほどでなかったのもまた一要因ながら、優れた協調性は、万民の認めるところだった。

 自国のみならず、他国からの評価しかり。

 実際、他国の史書にも、恋愛のそれはちらほら散見するものの、レガーリア王家や名門貴族と結んだと思しき政略結婚の記録は皆無。

 外交における重要な手段と目され、頻繁に執り行われていた時代でさえ、古い歴史を持つ……つまりは伝統を有する王家としての尊重を受けていながら、縁戚作りに画策した痕跡が見当たらないのだ。

 敵にも味方にもならずに自らの営みの遵守に徹底する弱小国なら、重要な拠点とならない以上、腐心の必要なし……と、列強より目されたのだろう。

 まさに名ばかりの国。名ばかりの王。

 「王国」なる題目。周辺諸国と渡り合うためだけの捨て身のはりぼて看板に過ぎないので、何ら支障もない。

 そうして、レガーリア王国は、名でなく実を取り、穏やかな日々を積み重ねた。

 けれど、この先の保証はない。

 今、大陸には不穏な気配が立ち込めている。

 これまでの前提や常識が通用しなくなる時代の到来を、有識者たちは、ひしひしと感じ取っていた。

 そんな中、レガーリア王国とて、大きなうねりに巻き込まれないと、どうして断じられるだろう。

 国防を担う責任者として、ルゴールの忸怩たる思いが手に取るように理解できて、ハルバートもトーリアスも表情を歪めた。

 宮廷の在り方は、国の財力を示すものだ。

 華美にも、それなりの理由がある。

 格式に応じた威を示さなければ、侮られるだけなのだから。

 果たしていつまで、この国が周囲から「目こぼし」されるものか……と、大陸の情勢を知るからこそ、不安を覚えた。

 これまで、レガーリア王国は、列強にとっての価値を持たなかった。

 しかし、もはや世界地図は書き変わって久しい。

 隣国ティアモラが独立性を失っている現状、もう一つの隣国にて大陸の雄であるイブリール帝国の覇道を阻む手段となる位置に、レガーリア王国はある。

 この事実は大きい。

「規模が小さいのは、宮廷だけでないようですが?」

 トーリアスが鋭く切り返した。

「おいっ!」

 着任早々、穏やかでない言いように、ハルバートは親友を窘める。

 確かに、この国の宮廷は、小規模だ。

 そもそも、城と都に距離がある特殊な造りとなっている。

 緩衝地帯よろしく森が隔たりとなっているのだ。

 森が城を囲み、更に人々の集落が環状に広がるそこは、二重都市とでも言うのか、一国の王都としては、極めて珍しい成り立ちをしている。

 元々あったレテオラの館……レガーリア家所有の邸宅が森を領域としており、連合国家の要となったのは、ずっと後代になってからのため、このような形態になった。

 古来、一定条件を持つ森は、不可侵の聖域として守られるのが伝統であり、そこを開拓しない判断をした以上、どうしたところで更に宮城を拡張する術はない。

 ただ、行き交う人々が相応の数でいるため、危険な野生動物の類いは駆逐されて久しく、現状、自然公園のような扱いになっている。

 そうした次第で、王都の人口に比べ、王族の住まいは、いっそ他国の離宮レベルと言って良い。

 傭兵たちは宮城暮らしだが、官僚の多くは街中にある政務のための館に通勤しているほどだ。

 しかし、彼らが言っているのは、そうした施設としての形状の話しでない。

「いや……。その通りだ」

 充分読み取った上で、ルゴールはあっさり肯定する。

 宮廷……城と言うハコだけでなく、施政者の姿勢も、全く覇気がない。

 あれでは、列強と渡り合うのに、あまりにも心もとなかった。

「そう遠くない未来……陛下は、難しい舵取りを強いられるだろう」

 おそらく、避けられない事態だと、誰もが達観している。

 しかし、できるのだろうか?

 ハルバートは、目通りしたばかりの少年王の面影を脳裏に甦らせる。

 絵に描いたような深窓の令息。

 病弱な身の上なので仕方ないとは思うが、あまりに繊細でたおやかな少年だった。

 瓜双つの妹が凛々しい威容を誇っていた分、余計その落差が目立つと言うものだ。

 哀れだと思う。

 しかし、それが彼の持って生まれた宿命ならば、誰にも代われまい。

 せめて、その剣となり、盾となって役立ちたいと己を鼓舞した。


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