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愛国の王女  作者: 小松しま
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 歴史は、語る。

 レガーリア王国併合に際して、「斎王の姉」、「皇帝の姪」を安堵されたエリシア王女の尽力は大きく、イブリール帝国より信じられないほどの好条件を引き出した。

 動乱が予想されていた当時の社会情勢からすれば考えられない厚遇だが、逆を言えば、だからこそ、だったのかもしれない。

 レガーリア王家が主権を放棄した結果、侵攻を目論んでいたセフォーラム王国を筆頭とした列強たちの動きが牽制されたのだから。

 政教分離が徹底されて久しい世界である。

 通常、政治へ介入しない聖職者……神の寵児を担ぎ出した功績は大きい。

 ローディアナ神の教えを前面に押し出した斎王の主張の前で、否を告げる危険性を、各国は充分承知していた。

 結果として、戦禍の芽は、未然に摘み取られたのである。

 ちなみに、併合の直前に、最後のレガーリア国王であるイルファールスは、妃を迎えた。

 幼馴染みの従姉姫のロクサーナ内親王である。

 わずか一日のみの王妃として歴史に名を記した彼女は、翌日より伴侶と共に大公夫妻となった。

 しかし、イブリール皇帝の特別な計らいにより、旧王家の内親王たるエリシア王女と共に、彼女たちは終生、生来の称号の保持を許される。

 のみならず、夫君より婚礼の贈り物として、レテオラの支配権を贈られ、レテオラ女領主の肩書きも付け加えられた。

 以降、「レガーリアのレテオラ」は彼女の所領となったのだ。

 それとほぼ時を同じくして、統合の混乱に区切りがつき、大公も以前と同様にレガーリアの地を直轄するようになるのだが、夫妻で競い合うかの優れた統治をし、彼らの時代、レガーリアとレテオラは、大いに繁栄した。

 更に、成婚よりしばしもせず大公妃が懐妊の幸いに恵まれる。

 時満ちて誕生したのは、玉のような男児であり、駆け付けたイブリール皇帝夫妻より直々に祝福された。

 この血脈によって、有史以来の名門レガーリア家は、王家から大公家へ姿を変えた後も、伝統を紡ぎ続けることとなる。

 皇室は、大公夫妻の人柄と手腕をいたく評価し、父母の薫陶を受けた次期大公を重んじて、皇太子の弟分扱いをするほどだった。

 甥の誕生からしばらくもせず、突如儚くなったエリシア王女の代わりであるかの厚遇を、兄と兄嫁に示したのだ。

 愛する祖国の安寧のため、後に続く全ての生命のため、馬を駆って、イブリンの皇帝の元に疾走した彼女の英雄譚は、長く語り継がれた。

 まさに、平和を維持し、それを達成させる統合のためだけにあったかの短い生涯である。

 故人の遺言によって葬儀さえ執り行われなかったが、愛する大地に人知れずひっそりと眠るのを望んだ「愛国の王女」たる偉大な女傑の死を悼まなかった者はいなかったと言う。

 墓地は、当人の願いを尊重して非公開とされたものの、おそらくレテオラの某所に設えられたのだろう。

 従妹且つ義妹の志を継ぐかのように、ロクサーナ大公妃は、永眠の地でもあるレテオラの統治に一層力を入れた。

 その慈愛に満ちた振る舞いから、いつしか彼女は「レテオラの聖女」と呼ばれるようになる。

 しかし、イブリール帝国内に同名の首都が二つある事実は、どうしたところで混乱をもたらし、併合順において後塵である「レガーリアのレテオラ」は、初代大公妃の没後しばらく、その名を由来として、「ロクスーリア」と改名した。

 彼女は、華々しい活躍こそなかったものの、堅実に郷里を守り抜き、繁栄をもたらした、エリシア王女と並び称される、もう一人の「愛国の王女」である。

 こうして、「レガーリアのレテオラ」は失われたが、「皇帝が最も信頼する婦人の直轄地」の役割りは、いつのころからか、同名の誼もあったのだろう。「ラジアナのレテオラ」によって、受け継がれた。

 最高峰の教育機関を内包する地として、時代は変わっても優れた逸材を輩出し続け、帝国の未来に大きく寄与している。

 一方の「ロクスーリア」は、ラジアナ王国のレテオラ、ティアモラ王国のヴァストォール、更に後年に併合されたトールフォン王国のスルウェーラ……この国のみ、かつての王都でなく地方都市が昇格している……と共に、四大首都の一つに数えられ、歴史と伝統を育む古都として、重んじられ続けた。

 それなりの繁栄を維持しているものの、特段の評価がないのは事実である。

 ちなみに、レガーリア王国併合の際、イブリンは首都としての機能を停止し、かつての王都らとは別格の扱いとなった。

 帝国の行政機関とは分離したものの、依然変わらず「永遠の都」と称され、今も国の礎として、強い存在感を放ち続けている。



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