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(……っ)
何とか己を鼓舞しようとしたその時、玉座の肘掛けに置いた右手の甲が温もりに包まれた。
(……あっ……)
「姿なき誰か」だ。
しっかりと握り込まれ、労わりが伝わる。
たまらなく、心強い。
これほどの支えを、彼女はこれまで知らずにいた。
(ああ……)
愛しい存在に、ただ、手を握られる。
それだけで、人はこれほど勇気を得られるのだ。
誰もが伴侶を求め、頼り合う真実を、エリシア王女は、本当の意味で理解した。
(……レガーリア……。わたくしの、夫……)
通常の夫婦の形ではない。
けれど、それに、何の問題があるだろう。
語り合うのも、見詰め合うのもかなわない。
それでも、最も大切なつながりが、ここにある。
(大丈夫……。わたくしは、大丈夫……)
エリシア王女は、小さく息を吸うと、面を上げた。
「わたくしは、これなロクサーナ内親王を妃に迎えました」
当然、首脳陣は仰天した。
神をたばかる不敬、男女逆転もここに極まりだ。
たまらず、何人かがエネルプ神官長を横目で伺う。
高位聖職者である彼の反応を確かめるためだ。
当然、委細承知のエネルプ神官長は何ら動じる様子がない。
「そして……あなた方の最大の憂慮である、レガーリア家の次期当主は、既に宿されています」
言いながら、温もりに包まれていない方の左手を、自らの腹部に当てる。
その間もずっと、右手から伝わる配慮に支えられ続けていた。
嬉しい。
心丈夫に思う。
「何と!」
「それはっ!」
告げられたまさかの報告に、首脳陣たちは、これまでの全てを凌駕する驚きに立ち上がった。
ようよう王女……いや、王に向き直ったエネルプ神官長ですら、例外でない。
いや、刮目の彼は、エリシア王女そのものでなく、傍らの空間を凝視していた。
その瞳には、「わかる者」ならではの光景が映されているのだろうか?
だとしたら、とても羨ましい。
「……お従姉姫さまとのご婚儀及び次期さまのご懐妊を、お祝い申し上げます」
すぐさま平静を取り戻したエネルプ神官長が深々と腰を折る。
すると、まだ驚き慄く一同も、互いを見合い、そして、エリシア王女を不憫げに垣間見て、同じく礼を示した。
昨夜のハルバートがそうであったように、誰もが「愛国の王女」の悲壮な覚悟を哀れみ、母国への殉教的自己犠牲を感謝した上で、レガーリアにとって都合の良い秘密の遵守を決意したのだろう。
正直なところ、エリシア王女に同情を受ける謂れは皆無だが、この一件についての全ては、誰にも告げるつもりがないので、ここは沈黙を返すしかない。
列席者たちの同意が得られただけで重畳だ。
そして、すぐさま王妃のための席が設けられ、予定されていた進行通り、エリシア王女扮するトーリアス王によって、退位宣言が発せられた。
ここに、レガーリア王国の歴史に幕が引かれたのである。
その後、謁見の間において、歴史上稀に見る、平和的な国境の書き換えが行われた。