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その後訪れた一瞬の沈黙を経て、エリシア王女は強く宣言する。
「これよりは、わたくしがイルファールス王として、一切の責を担います」
その声の厳かさに、揺るぎは皆無だった。
これまでも暗黙の了解で、王の名代を勤め続けた王女だが、集う一同。皆、わかってはいたのだ。
彼女こそが、国の主たる、真実の器だと。
けれど、成文化された継承法の下、戴冠を許されない。
よって、病弱のため政務もままならない兄王を隠れ蓑に、実質的な支配者として国の舵取りの制御を果たしていた。
逆を言えば、首脳陣のいずれもが、表沙汰にならない不遇の計らいを見て見ぬふりし続けたのである。
考えてみるまでもなく、もはや事態は裏からの暗躍で終えて良い状況でない。
いや、もっと早く真の主が親政していれば、国の独立が危ぶまれる未来も避けられていたかもしれなかった。
もう……何を言っても今更だが。
法の改正を試みもせず、尽力を避けていた重臣たちの非は大きいと、彼らは改めて思い知る。
エリシア王女の覚悟は強い。
様々を充分考え、そして、決意したのだろう。
ここに至って、誰にも否は告げられなかった。
けれど、歴史ある名門、レガーリア家があってこそ、この先におけるイブリール帝国内での扱いが定められた現状、当座を凌いでも、今さえ乗り越えられれば良い問題でないのだ。
「お、お考え……誠に重畳であらせられます。な、なれど、殿下! お世継ぎは、お世継ぎは、いかがなされますのですっ?」
筆頭大臣が、悲鳴にも似た叫びで、問いの形を用いて換言する。
それは、一同の胸中を代弁するものだった。
もちろん、エリシア王女にとっても、想定内の訴えだ。
彼女は、扉の前に控えたままの侍従に目を向ける。
予め言い含められていた彼は、すぐさまうなずいて、身体の向きを変える。
「ロクサーナ内親王殿下。お出ましくださいませ」
その声を合図に扉が開かれ、奥から身分に相応しい、正式にて豪奢な装いを纏ったロクサーナ姫が現れた。
髪もまた優雅に結い上げられており、志尊の王族としての姿で、一同を圧倒する。
「ひ、姫君っ」
「これは、何と……」
円卓を囲む彼らは当然、ロクサーナ姫の性の真実を知る者ばかりである。
しかし、常からエリシア王女をはばかるばかりでなく、目立たないよう留意していた彼女の、慎み深い姿に馴染んでいたため、咄嗟に現実を受け入れられなかった。
ここにいるのは、どこからどう見ても、最上の貴婦人。
その真実の性を看破する者など、断じておるまい。
それほどまでに、ロクサーナ姫は完璧な淑女として、彼らの目の前にあった。
言葉を失う一同を眺めて、エリシア王女は、最後の攻勢に出るべく喉を鳴らす。
すると、この期に及んで、怖気づくなど情けない限りだが、腹の奥が震え出した。
……認めない訳にはいかない。
恐ろしいのだ。
神の定めに逆らうつもりはないが、それでも取りようによって、自分の選んだ道は、破戒に通じかねなかった。
全ての人の理解を得られるなど不可能だと、重々承知しているものの、苦楽を共にしてきた一同に否定される可能性を考えるだけで、足がすくむ。