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「商談成立ね。嬉しいこと。……ロクサーナ……いえ、エイレイティアちゃん。王命よ。今時政略結婚なんて、時代遅れの遺物でしょうけど、わたくしにとって、とても有益な契約なのですもの。従ってもらうわ」
「……あ……」
いっそ横暴な物言いだが、しかし、そうでない。
煮え切らない自分の退路を断ってくれたのだから、どうして否を告げられるだろうか?
たまらず、ロクサーナ姫はトーリアスと目を合わせた。
求愛の騎士は、柔らかく微笑して、了承を待ちかねている。
「……っ」
喉が震えた。
そして、覚悟する。
この男が、好ましい。
真実の想いを、否定したくなかった。
「……承り、ました……」
「姫さんっ」
「あっ!」
強い力で抱き締められて、ロクサーナ姫は紅潮する。
エリシア王女も、満更でない顔をしていた。
「夜分、失礼いたします」
「ご入室を、お許しください」
そこへ声がかかる。
滞在中のエイリーナ斎王とエネルプ神官長のものだ。
扉番はもちろん、取り次ぎ不在の王の私室である。
許しを求めながら、当人たちが足を踏み入れた。
いずれも、しっかり身支度をして王への目通りに相応しい装いを纏っている。
「エイリーナさま。……それに、エネルプ神官長さままで……」
二人の到来に、エリシア王女は目を丸くした。
しかし、ありがたいのが本音である。
明日行われる最後の閣議の前に、彼らには成り行きの説明をしておきたかった。
「……一体……?」
とは言え、何の使いも出していない中、このような遅い時刻に、供すら連れず、王の部屋を訪れるとは尋常でない。
エネルプ神官長だけならまだしも、エイリーナ斎王は、最上の賓客。
まして、未婚の「かんなぎ」だ。
深夜、異性の元に赴くのは、外聞がよろしくない。
充分承知の上、敢えての行動であろう。
「新たな生命の息吹のきらめきに導かれ、まかり越しましたの」
「ええ。……我らが神より示唆を賜ったのです」
思いがけない言葉である。
その神聖さに、三人揃って絶句した。
即座に納得する。
さすがは、天下の斎王。そして、高位聖職者だ。
「わかる者」ならではの感覚で、レガーリアにもたらされた福音を読み取ったのだろう。
「して、殿下。陛下は……いずれへ……?」
エネルプ神官長は、もぬけの殻の寝台を見て、眉を寄せる。
エリシア王女は緩く首を振った。
「これよりは、わたくしがイルファールス王です」
彼らに、説明する必要はなかった。
秘密の共有は、すなわち責任の分散になる。
共犯者であるトーリアスは別として、全てはエリシア王女の背負うべき重荷なのだから。
それぐらいの覚悟なくして、玉座の簒奪など片腹痛い。
「それは何と!」
「まあっ!」
神命を担う者たちは、即座に理解を得る。
「そして、……ここに、次代のレガーリア家当主が、おわします」
ここに……と、エリシア王女は自らの腹部を示した。
とたん、エイリーナ斎王は優雅な所作で腰を落とすと、両腕を胸の前に交差させる。
イブリール帝国において、皇帝とその親族のみに示す女性聖職者の最敬礼だ。
つまり、皇帝の姪の扱いを受けるエリシア王女の子供もまた、皇室の一員として遇したのである。
「未来のレガーリアご当主に、神の祝福がもたらされんことを……」
同じく、エネルプ神官長もまた、両膝を着いて両手を眼前に組み合わせる、神殿における最も尊意を示す礼式を捧げた。
「御身の将来が幸いでありますよう、お祈り申し上げます」
ローディアナ神の教えを体現する二人からの祝福を、エリシア王女は感謝の笑みで受け入れたのである。