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人は、弱いのだ。
だからこそ、あらゆる事例に法則を持ち出し、過去の教訓を用いて、より良い未来を得ようと躍起になる。
よって、女王によって国に不幸が訪れた例があれば、それを忌避しようと尽力するのも、無理はなかった。
「逆なのでは、ないでしょうか?」
ロクサーナ姫は、静かな瞳で反論する。
「……逆?」
エリシア王女だけでなく、トーリアスも興味深そうな顔で先を促す。
「はい」
麗しき偽りの佳人は、顎を引いた。
「……女王だからこそ、国を興し、女王だからこそ、国の再興を果たし……そしてまた、女王だからこそ、国の幕引きを全うできたとは、考えられませんか?」
逆転の発想である。
けれど、確かに真理かもしれない。
「女性は、男性よりも遥かに強い存在です。……確かに、体力や戦闘力でこそ劣りましょうが、その精神の強靭さは、誰もが知るところ。表面的な腕力などでなく、決して挫けない不屈の闘志を、お持ちではありませんか」
「……」
「……」
淡々と告げるロクサーナ姫に、二人は反論の言葉を持たない。
その通りだった。
どうしたところで、力でかなわない女は、あらゆる場面で差別され、虐げられる。
けれど、決してそのままでは済まさないのだ。
特に、母は強い。
何があろうと、我が子を産み落とし、育て上げ、守り通そうとする意志の力を持つ。
そして、多くの場合、見事に成し遂げるのだ。
彼女たちの存在あってこそ、人は歴史を紡ぎ続けてきた。
「この時代にエリシアさまが王女としてお生まれになり、次代を担う後継者の母として働かれるのも、神の御意思のように、わたくしには思えてなりません」
「……俺も、同感だ」
ここに至って、トーリアスも沈黙を破る。
大概に礼に反した振る舞いだが、むろん、咎める者がいるはずもなかった。
エリシアは一度肩を上下させる。
「あなたにも、謝らなければならないわね」
わずかな間に自分自身を取り戻した王女は、生来の英明さで、頼りの騎士を見据えた。
「ロクサーナちゃんには、この先もわたくしの妃として公的な役目を担ってもらわなければならなくなったから、あなたに渡せなくなったわ」
「おいおい」
口調と裏腹の、生気に満ちた眼差しを受けて、トーリアスは頬を引きつらせる。
先の言葉が、容易に想像できるあたり、つくづく心憎い。
「けれど、わたくし、あなたの優れた能力を正当に評価しているの。反感を買って手放すのは、あまりにも惜しいわ」
「そりゃあ、光栄だな」
トーリアスは飄々と応じた。
実際のところ、彼女なら、生涯の主君として不足ない。
「どうかしら? 私生活のみに限定されるけど、わたくしに終生の忠誠を誓ってくれるのなら、褒美として、伴侶にエイレイティアちゃんを下賜するわ」
「エリシアさま!」
唐突にはじまった小芝居に、当事者であるはずのロクサーナ姫は、ただ狼狽するしかない。
「最高の雇用条件だ。……乗らせてもらうぜ」
が、何か意見を探すより先に、会話が決着してしまう。
「トーリアスさんっ」
眉を寄せて、ロクサーナ姫はトーリアスを仰ぐ。
エリシア王女は、満足そうにうなずいた。