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愛国の王女  作者: 小松しま
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「!」

 未婚の内親王が懐妊したとの告白に、ハルバートは、言葉を失う。

 親しく接していた訳でないが、彼女の潔癖さは、よくよく承知していた。

 しかし、この地が、併合後も平穏を保つために、名門の血筋の継承は必須。

 後継者を得るため、エリシア王女が苦渋の判断を下したのを、即座に理解する。

 レガーリア家を担う、次代の当主があってこそ、周辺諸国からの尊重を受けられるのだから。

 イルファールス王もそれを承知の上、自らが果たすべき使命を覚悟していた。

 であっても、どうしても実現へと踏み切れなかった忌避である。

 けれど、レガーリア王家の血は、彼一人だけが、継承させる資格を有している訳でなかった。

 盲点だが、確かに同じ血を分け合った彼女なら、悠久の歴史を誇る名門を次代へつなげられる。

 だが、そのために、王国第一の婦人として、国中の女性たちの規範たらんと貞淑さを確立していたエリシア王女に、どれほど犠牲を強いてしまったのか……!

 しかし、彼女はそんなハルバートの、いっそ無責任な同情に頓着せず、胸を張って言い放つ。

「……かくなる上は、一刻も早く、お兄さまには重責からお離れいただいて、肩の荷のないお暮らしをしていただきたいの」

「……そ、れは……」

「……お身体のためにもね」

 つまり、全てエリシア王女が引き受けるので、名を捨て、速やかに去れ……だ。

 その結果、イルファールスの気負いも失われ、楽に過ごせるのは間違いないが……。

「この通路をお使いなさい」

 言うなり、エリシア王女は書棚の細工を動かす。

 現れたのは、脱出用と思しき通路だ。

 用意周到に、松明まで、壁に立てかけられていた。

 騎士の嗜みで、火おこしの道具は常に携帯しているので、問題ない。

 それを用いて、進めとの言外の命である。

「出口は、森の管理用の物置小屋になります。そこで、レヴォール伯爵夫人の手の者が待っているはずです」

 実はそこに、彼の全財産及び、当座を賄うためのエリシア王女からの支度金も移動させてあった。

 言うまでもなく、トーリアスの手配である。

 彼としては、借金も耳を揃えて返済したかったのだが、残念ながら、工面できなかった。

 一旦の踏み倒しを余儀なくされるが、いつかの未来に利子を付けて手渡してみせる。

 ……きっと……必ず。

 当然、親友の胸中を知る由もないハルバートは、けれど判断を過たず、その場に片膝を着いた。

 何もかも、お膳立てが整っていると理解して、躊躇の愚は侵さない。

「……レガーリアの至宝……確かに、頂戴仕ります」

 せめてもの、感謝を告げる。

「……ふっ……」

 騎士の最敬礼を、エリシア王女は鼻で笑った。

「宝は宝かもしれないけれど、もはや抜け殻。我がレガーリア王家所有の財産の中では、さしたる価値もなくてよ。……けれど、あなたにとっては、違うようね?」

 皮肉を匂わせた祝福に、ハルバートは、泣きそうになる。

 たまらず顔を上げれば、エリシア王女もまた涙を滲ませていた。

「……あなたとは、友人になりたかった……」

 かつての日。

 剣を交えた際の記憶が、互いの胸に過る。

 二人、感じ取った思いは、全く同じものだったはずだ。

 けれど、選び取った未来は、こうも違う。

「……っ……」

 返す言葉もなく、ハルバートは一礼をすると立ち上がる。

 そして、意識のないイルファールスの元に進んだ。

「ただ眠っておられるだけよ。朝になればお目覚めになるでしょう」

 病弱な身に、何らかの薬品が投与された事実を案じるのは当然である。

 しかし、エリシア王女はあっさりとその不安を一蹴した。

 確証など、あるはずもないが、神の御使いの業。おそらく問題あるまい。

「……その後、お兄さまが何をわめこうが、無視して構わなくてよ。全て、新たな王からの命令だとおっしゃい」

「新たな王……?」

「…………」

 エリシア王女の笑みが、何よりの肯定だ。

 もはや、言葉も必要ない。

 イルファールスの呼吸が穏やかなのに安堵して、ハルバートは、最愛の宝を抱き上げる。

「適当に新しい名前を与えて、新しい暮らしをして頂戴」

 言い捨て、エリシア王女は背を向ける。

 もう一度深々と頭を下げて、ハルバートは脱出口へ向かった。

 それが、彼らの別れとなった。


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