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愛しい男に別れを告げられないのが悔やまれるが、道理に背く云々よりも、いっそおこがましい。
彼は心の中だけで、告白さえかなわなかった片恋の騎士に感謝を捧げた。
そして知る。
今わの際に至ってなお、第一に思うのは愛しい人である自身は、やはり王の器でなかったと。
国の未来、仕え、支えてくれたたくさんの臣下たち……そして、身内である妹、頼りにしていた従姉姫の姿さえ、ようよう胸に過る有り様だ。
「お前には……苦労ばかりをかける……」
「わたくし自身の望みであり、役目ですわ」
最後の贖罪を、エリシア王女は一蹴した。
けれど、涙が滲む。
兄は、決して愚かな王ではなかった。
身体こそ弱かったが、それでも、王たらんといついかなる時も、克己に努めていた。
ただ……意志の力を凌駕する、時代のうねりに太刀打ちできなかっただけだ。
それでも、彼には、身代わりとなり得る双生児の妹がいた。
彼以上の資質を持ち、彼以上に国を愛する、魂の片割れが。
「……お別れです。……お兄さま……」
「うむ……」
エリシア王女は杯を掲げる。
少し指先が震えていた。
それは、イルファールス王も同じだ。
けれど、この期に及んで無様な振る舞いをしたくない。
至らない兄であったが、最愛の妹の瞳に残る末期の姿を見苦しいものにするなど、どうして受け入れられるだろう。
自分の死が、彼女の礎となるのなら本望だ。
それを乗り越え、幸せになってほしい。
「世話になった……。愛しているよ。エリシア」
「ええ……。わたくしも」
エリシア王女は、精一杯の笑顔を浮かべ、兄の最期の姿を仰ぐ。
イルファールス王は、厳かな気配を纏い、凪いだ穏やかな眼差しで、そこにあった。
彼は、今ここに、本当のレガーリア王になったのかもしれない。
レガーリアを頼む……と、言い残したかったのか。
あるいは、自分にそれを望む資格はないと自責していたのか。
しかし、もはや言葉もなく、妹と共に、一気に酒を……「時読みの妙薬」を飲み干す。
「うっ……」
とたん、それぞれの手から杯が滑り落ちた。
イルファールス王の分は寝台に一度当たってから、エリシア王女の分はそのまま床へと滑り落ち、砕け散る。
それなりの音が響いたはずだが、乱入する者はいなかった。
回廊で、トーリアスが何かしらの誘導をしてくれたのだろう。
両手で胸を抑え、イルファールス王はそのまま崩れ落ちる。
あっさりと、意識を失ったようだ。
エリシア王女はよろめき、椅子の背もたれに身を委ねる。
即効性だと思うが、まだあまり実感がない。
……が、じわじわと身体が熱を持ち出した。
この後の段取りは、できている。
幾度も、幾度も繰り返し、頭の中で行動を組み立てたのだ。
無垢な乙女ではあるものの、人体構造及び男の生理についての教えは得ている。
大丈夫だ。
そう、自分に言い聞かせながら立ち上がりかけた。
「……え?」
その時、肩に温もりが触れる。