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愛国の王女  作者: 小松しま
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 王位返上を明日に控えたその夜、後は就寝するばかりの時刻に、盃が二つ乗った盆を手にしたエリシア王女は、兄の寝室を訪れる。

 王国最後の夜。

 眠る前に少しだけ、久しぶりに兄妹水入らず語らいたいと望まれて、イルファールス王も快く了承した。

 当然、時間が時間だ。

 女官長も退出しており、扉の番をすべく、ハルバートも回廊で控えていたトーリアスに呼ばれて、部屋を出て行く。

 扉が閉められる直前、エリシア王女とトーリアスは目を合わせ、互いに小さくまたたいた。

 決行の時が来たのを、互い、了承したのである。

 様々を考え、結局、当初の目論見通り、最後の仕上げにかかると決めた彼女だった。

 もちろん、誰に相談してもいないが、その覚悟をトーリアスはあっさりくみ取ったようで、さりげない誘導で、今夜のお膳立てまで整えてくれた。

 通常、もう一人控えているはずの扉番を外した他、必要な手配を終えた旨、ひそかに伝えられている。

 つまり、ハルバートとトーリアスの二名のみが警護役となっていた。

 エリシア王女の後援のために、そのよう、手を回してくれたのだ。

 今宵、彼女は血のつながった実の兄を犯し、その子種を腹に取り込む。

「珍しいな。エリシアが、酒を持ち込むなんて」

「珍しいどころではありませんわ。はじめてですもの」

 寝台の傍らの椅子に腰掛け、サイドテーブルに盆を置くと、彼女は一方の杯を差し出す。

「お兄さまを弑い奉る毒を、お持ちしました。……お飲み、くださいますか?」

 真剣な眼差しで尋ねる。

「……っ」

 イルファールス王は、一瞬瞠目するが、すぐさま柔らかく微笑した。

 併合が確定し、重責からわずかなりとも解放されるとあって、彼の体調は大分持ち直している。

 王としての残された仕事は、本当にごくわずかだった。

 明日の閣議で退位宣言をした後、大広間に場所を移してこの立場における最後の儀式に臨む。

 おおよその目論見通り、王家はそのまま大公家を安堵されたため、後顧の憂いも失われた。

 ここで退場とあっては、王国の最期を見届けられないのが惜しまれるが、そもそも、立ち会うだけの資格を有しているものか、危ぶまれる。

 ……だから、もう、良い。

「……もちろんだ……」

 妹を見詰める眼差しに慈愛を浮かべて、イルファールス王は、杯を受け取った。

 彼女の言葉を冗談とは思わない。

 むろん、真実の服毒を希っているとも。

 けれど、そうであっても、全く構いはしなかった。

 病弱なだけでなく、道ならぬ恋に溺れるこの身への苛立ちを、エリシア王女が募らせていると、充分承知している。

 本来、自分が果たさなければならない多くを担ってくれていた感謝だけでない、大いなる信頼を、そして贖罪の念を、彼は抱いていた。

 その妹の望みなら、どのような道を示されても、抗うつもりはない。

 エリシア王女もまた微笑して、自らの分の杯を持ち上げた。

「これよりは、わたくしがイルファールス王を……そして、大公を名乗ります」

「……そう、か……」

 この先の筋道がもう立てられていると、イルファールス王は理解する。

 ならば、何の心残りがあるだろう。


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