表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛国の王女  作者: 小松しま
101/116

101

「俺一人の手柄とは言えないだろうが、事実上の結納として、認めてもらえるだろうか?」

 愛しい者が、最も大切にしている宝を献上する。

 これ以上の、求婚の小道具はなかった。

「結納?」

 いきなりの話しの飛躍に、ロクサーナ姫が更に瞠目するのも無理はない。

 トーリアスは、にやりと笑った。

 もはや逃れようのない既成事実として押し切れば、尚更彼女は抗えない。

「俺の望みは、レテオラの至宝。……お前さんを得ることだからな」

「なっ……」

 ここに至ってなお、彼女は事態を把握できずにいる。

「わからねえか? 柄でもないのは承知しているが、一世一代の覚悟で、結婚を申し込んでるんだがな?」

「……っ!」

 絶句のロクサーナ姫が気付いた時、手の甲をとられて口付けを受けていた。

「色よい返事を待ってるぜ。……姫さん?」

 立ち上がった彼は、硬直する求婚の相手へ愛情のこもったからかいのささやきを残し、身をひるがえす。

 反論を口にする機会を封じる策だ。

 タイミングを失すれば、後日改めての取り沙汰が難しくなる問題なので、ここの引き際は間違えてはならない。

 おそらく、今、彼女は混乱の極みにあるはずである。

 それを優しく慰撫するのも一つの方策だろうが、トーリアスの欲しい結果への早道では断じてない。

 最も効率的に謀を成し遂げるために、彼は悠々と去っていく。

「……あ、……え?」

 訳も分からず取り残されたロクサーナ姫は、無意識のまま、「感触」の残る我が手を胸元に寄せた。

 嫌ではなかった。

 けれど、何が起こったのか把握に至らない。

 直後、その全身に凄まじい熱が走った。

「わ、わたくし……はっ……」

 歩き去る背中に、細い声が届く。

 けれど、トーリアスは振り返らない。

 おそらく、自分は女性でない……とか、都を支配下に置くような立場でない……とか、あれやこれや、脳裏で無用な言葉を連ねているのだろう。

 しかし、そのようなもの、聞く必要はない。

 そもそも、彼女の真実の性なら、着任以前に伝えられていたのだ。

 ハルバートとトーリアスに、秘密を明かす旨、ロクサーナ姫自身とて承知していたはずなのだから。

 となれば、さえずる無意味な言い分を、わざわざ論破するのさえ、煩わしい。

 取り合うだけ、時間の無駄である。

 いや、やりとりの合間から拾い上げるだろう反論に、筋道や力を与えてしまう可能性さえあった。

 その一切が封じられれば、この後、ロクサーナ姫は、自問自答の時を過ごすはずだ。

 賢しい彼女である。

 さして時を経ず、既に自らが包囲網に捕らわれていると理解するに違いない。

 果たして、ロクサーナ姫は、安定を失い、その場にうずくまる。

 どのような顔をしているのか、トーリアスには、手に取るように理解できた。

 高揚に頬を染めるさまを見られないのが、残念でならないが、ここが我慢のしどころである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ