強く願えばこそ
それからユリアン様は私が眠っていた間のことを、丁寧に説明してくれた。といってもそれは、とてもシンプルなもの。
私はなぜか、学園の最上階にある来賓室で倒れていたーーと。外傷はなく、何かを口に入れた痕跡もない。倒れた理由が全く不明のまま、私はそのまま十日間も目を覚まさなかったらしい。
ここよりももっと設備の整った治療院に移そうにも、原因不明のまま馬車での移動は危険だとユリアン様が進言したとのこと。国王陛下直々の命により王家のお抱え医師が何人もやってきたけれど、何一つ容体は変わらないまま。
もしかしたらこのまま、永遠に眠りから目を覚ますことはないのかもしれないと、医師達が頭を抱えていたそんな中で、ユリアン様だけが私の回復を心から信じ、献身的に尽くしてくれたのだと。
とまぁ、彼の話は先程偶然様子を見に来てくれたサナから、聞いた話なのだけれど。ちなみに彼女は、これでもかというほどに嗚咽を漏らしながら泣き笑いをしていた。
とにかく、この世界で起きた異変は“私が突然倒れた”ということだけ。ユリアン様の毒殺未遂も、チャイ王女の来訪自体がないのだからもちろん起こっていない。
「スロフォン王国の第四王女・チャイ・スロフォン殿下は確かに、存在しているのですよね?」
「あぁ。スロフォン王国の第四王女の名は、確かにチャイ・スロフォンだったと思う。僕も実際に会ったことはまだないけど」
「えっ?だってユリアン様は留学先で…」
困惑気味に言うと、更に困惑気味に「留学なんて行ったことないよ」と返された。
「とにかく、アリスが目を覚まして本当に良かった。医師の見立てでも異常はないそうだし」
「それは私のセリフです。ユリアン様が死んでしまうと思って、私…」
目の端にじわりと涙を浮かべると、ユリアン様はまるで小さな子供をあやすかのように優しく頭を撫でた。
「嫌な夢を見てたんだね、だけどもう大丈夫だから。もう二度と、君をこんな目に遭わせないって誓うよ」
「嫌な、夢…」
もしかしたら本当に、そうなのかもしれない。私が過去に彼女をこの手にかけようとしたことも、惨めに一人で死んだことも、何もかも全部。
悪い、夢だったのかも。
「…いいえ、違うわ」
私は確かに、最低だった。自分のことばかりで、自分だけが幸せであればそれでいいと思っていた。他人を慮る心など微塵も持ち合わせていなかったし、そのせいで周囲の人達からも嫌われていた。
あの頃のアリスティーノ・クアトラは、確かに存在していた。都合良くなかったことになんてできない。私の浅はかな行いが、大勢の人を傷つけてきたのだから。
「二度と同じ過ちを繰り返さないように、私は決して忘れはしない」
「アリス…?」
「…いいえ、なんでも」
心の奥深くで様々な感情がない混ぜになり、どんな表情をしたらいいのか分からなくなる。
ユリアン様はそんな私の頭にそっと触れると、ことりと自分の肩にもたれかけさせた。
「大丈夫。大丈夫だから」
何度も何度も繰り返される、優しい言葉。私はそっと瞼を閉じ、妖精のような彼女に想いを馳せた。
どうか、笑顔の溢れる幸せな日々を送っていらっしゃいますように、と。