さようならは言わない
本当にこんな不思議な力が存在するなんて、世界はまだまだ広いと改めて思う。
「さぁ、時間がないわ。いつ貴女の身柄が、ここよりももっと厳重な牢に移されてしまうか分からない。力を使うなら、今しかない」
チャイ王女はスロフォンの第四王女。この場ですぐに処罰することなどできない。
けれどチャイ王女は逃げる気も隠す気も全くなかったようで、むしろ犯人が自分であると分かるようにスロフォンでしか取れない植物から採取した毒を使った。
それになにより本人が、ユリアン様の毒殺を企てたことを認めている。近いうちにほぼ間違いなく、彼女は処刑されてしまうだろう。
それだけは絶対に、避けなければ。
「くれぐれもこれは、私の願いだということをお忘れなきよう。愛する人の元へ行きたいという貴女の願いではなく、私の願いです」
「…アリスティーノ」
正気を取り戻した彼女の表情は、哀しみに満ちている。それはきっと、自身の復讐が叶わなかったからではない。
私のことを、想ってくれているから。
「もう一度力が使えたとしても、また貴女に記憶を残してあげられるかは分からない」
「それでも構わないと言ったでしょう?私はもうとっくに、覚悟を決めたのです」
「だけどそれじゃあ…」
未だ決めかねているチャイ王女の手を、私はそっと握った。そして、静かに微笑む。
「私達、一度目も二度目も上手くいかなかった。三度目ではきっと、いい関係になれます」
「いい関係に?」
「そう例えば、お友達…みたいな」
王女相手に失礼かと思ったけれど、彼女は哀しげな表情のまま小さく笑うだけだった。
「…ごめんなさい、アリスティーノ」
「ユリアン様のことなら許さないわ。でも、憎しみ合うのは嫌よ」
「貴女は強いのね」
チャイ王女は私の手を解くと、ふわりと立ち上がる。格子戸から漏れる月明かりに照らされたその姿は、まるで本物の妖精のように美しかった。
「あの日も、満月だったわ」
「…そうね」
私はゆっくりと瞼を閉じる。今はもうすっかり、牢に閉じ込められた時の床の冷たさは思い出せない。
「どうか貴女に、神の御加護があらんことを」
「光栄でございます、チャイ王女殿下」
目を瞑っていても感じるほどの眩しい閃光。心に思い描くのは、この世界で一番愛しいと思う人の姿だった。




