彼女の決意
ターナトラーさんや薬学教諭達の知恵のおかげで、ユリアン様は奇跡的に一命を取り留めた。未だ予断を許さない状況ではあるものの、あのまま命を落としてしまわなくて良かったと、私は心から安堵する。
明日になれば腕利きの宮廷医師達も到着し、彼の治療はより手厚いものになるだろう。
「まだ安心はできませんが、本当によかったです」
「ターナトラーさん、貴方にはなんてお礼を言ったらいいのか…」
泥だらけから清潔な衣服に身を包んでいるターナトラーさんが、目をまん丸にしてぶんぶんと頭を振る。
「そんな、僕は僕にできることを全うしただけです!我が国の王子を助けたいと思うのは当然のことですから!」
「貴方がいなければ、ユリアン様はきっと助からなかった。きっと国の英雄になるわ」
ターナトラーさんは、丸い眼鏡の奥に光る綺麗な瞳をまっすぐ私に向ける。
「殿下を救ったのは間違いなくクアトラ様です。その称号に相応しいのは、僕ではなく貴女だ」
「…私はただ、泥水に塗れただけよ」
「それだけ殿下の為に尽力したということです」
ただ、夢中だった。ユリアン様がこの世界から消えてしまったら、きっと私は生きていけない。
それこそがチャイ王女の望みだとどうしてもっと早く気が付けなかったのだろうかと、自責の念に駆られる。
彼がこんな目に遭ったのは間違いなく、私の所為なのだ。
「私はそんな大層な女ではないわ。プライドが高くて見え張りなだけのただのハリボテよ」
「僕には貴女が、どんなことでも乗り越えられる力を持った、素晴らしい女性に見えます。僕だけでなく、きっと殿下にとっても」
この人はいつだってまっすぐで、私には眩しいくらい。
以前の私には気付けなかったきらきらとした世界の輝きが、今の私にはとても愛おしい。
それを教えてくれたのは乳母であるリリであり、サナやターナトラーさんのような友人達であり、愛する婚約者様。
そして、チャイ・スロフォン王女なのだ。
「…もうすぐ、夜が明けるわ」
漆黒だった空が薄らと白みはじめるのを見つめながら、私はゆっくりと目を細めた。
ターナトラーさんと別れた後、私はユリアン様のいる医務室へと足を運ぶ。個室へと移された彼は、真っ白なシーツに包まれ眠っていた。微かに上下する胸を見つめていると、鼻の奥がツンと痛んだ。
常駐医師にほんの少しだけ二人きりにしてほしいと頼み、私は身を屈め彼に近づく。両手で彼の手を包み込むと、神に祈る。
ーーどうか彼に、ありったけの幸せが訪れますように
と。
そして私はことりと体を倒し、彼をじっと見つめる。こんなに間近にユリアン様を感じるのは初めてで胸が高鳴り、すぐに不謹慎だと自身を諌めた。




