鏡に映る可憐な姿
何故リリがここに…やっぱりこれは、現実ではないの?
益々混乱し涙を流す私を見て、リリが焦ったように私を抱き締める。
「侵入者ですか?何かされたのですか?」
「あ……、あ…っ」
「もう大丈夫ですか、どうか落ち着いてくださいお嬢様。リリがお側におりますから」
どうやら私の叫びをそう解釈したらしいリリは、衛兵達に部屋を捜索するよう指示を出す。違うと言いたくても言葉が出てこず、私はただ子供のように涙を流すだけだった。
リリは落ち着かせるように私の顔を覗き込み、柔らかな表情でこちらを見つめる。そして、両手でそっと私の手を包み込んだ。
「まぁ、小さなおててがこんなに冷えて…よほど怖い思いをされたのですね、お可哀想に」
「…ぇ」
“小さなおてて”
そう言われて初めて、私は自分の手を見つめる。どう見ても、十七を目前にした女のそれではない。
リリの手の中に簡単に収まってしまうほどの、小さな小さな子供の手だったのだ。
「…っ!」
それに気付いた瞬間、私は転がるようにベッドから降りると部屋にある姿見まで駆ける。メイド達が手にしているランプに照らされ、鏡の中の私の姿がぼうっと映し出された。
「これは……」
私、子供だわ。
人は本当に混乱すると、たちまち語彙力が消滅してしまうらしい。私は放心状態で鏡を見つめ、ただ口の中でぶつぶつと「子供、子供だわ…」と繰り返した。
「お嬢様、急にどうなされたのですか!」
リリが駆け寄り、私の体を支える。そうすると、私と彼女の体格差が浮き彫りになった。
「リリ…私は今、いくつかしら」
「はい?」
「だから私は、何歳なの?」
唐突な質問に驚いた様子で、リリは答える。
「お嬢様は、先日五つになられたばかりではないですか」
と。
その後、私はリリに「嫌な夢を見ていただけ」と説明しメイドや衛兵達を帰した。もう一度眠りたいから、一人にしてほしいとも。
再び静かになった部屋で私はベッドに腰掛ける。いつのまにか辺りはすっかり明るくなり、窓からはきらきらと陽の光が差し込んでいた。
「子供のようではなく、本当に子供になってしまったのね」
時が経つにつれ頭がスッキリと目覚め、私は幾らか平常心を取り戻した。いえ、未だに混乱はしているのだけれど。
「どうやらこれは、現実みたいね。信じられないけれど」
姿見の前に立つ私は、どこからどう見ても子供だ。薄ピンクのネグリジェに身を包み、腰の真ん中辺りまである自慢の琥珀色の髪は、細くてサラサラ。
ぱっちりとした瞳にくるんとカールした長い睫毛。真っ白で透明感のある肌は、触るともちもちして気持ちいい。
「いやだわ私ったら。こんな小さな頃から完璧なのね」
鏡の前でくるっとターンして見せる。五歳のことなど覚えていなかったが、やはり私は昔から美しかったみたい。
「なんて。今はそんなことを言っている場合ではないのよ、アリスティーノ」
身体は五歳で頭の中は十六という、この奇妙な現象を整理しなければ。
そう思いつつ、私はもう一度だけ鏡を覗き込んだ。
「あら、やっぱり可愛いわ」