彼女の悪夢
本当に力が発動するのかどうかは、賭けだった。だって力を使えるのはたった一度きりなのだから、試すことなんてできない。
「私が必ず、なんとかしてみせますから」
衛兵の手によって血に沈められているクアトラ嬢を見つめながら、私は彼女に訴えかける。私は貴女の敵ではないと何度訴えかけても、クアトラ嬢は理解してくれなかった。
私を憎み殺そうとした相手を助けたいなんて、私はおかしいのかもしれない。けれどこの時は、そうしたいと思った。
亡くなった命は救えない、人格に干渉もできない、彼女を牢から逃がしたところで事態は好転しない。
だったら時を戻してしまえばいいのではと、私は考えた。執行者である私と彼女に記憶を残したまま逆行させれば、きっと同じ道は辿らないはず。
彼女が無事ユリアン殿下と結婚できたならば、私は彼の妻にならなくて済む。だからといってミアンと結ばれるわけじゃないけれど、今はそれでも構わない。
「クアトラ嬢。次こそは、他人を妬むことのない穏やかな人生をーー」
まさか本当に成功するなんて、思ってもみなかった。スロフォン直系の女性のみが有する力があるということ自体、半信半疑だったから。
クアトラ嬢は、上手くやれているといいけれど。彼女には記憶を残すようにと祈ったけれど、実際にそうなっているかどうかは確認のしようがない。
ここから先はもう、彼女に託すしかない。
それから私は、一度目と同じ人生をなぞっていった。もう一度ミアンと思い出を築けることが嬉しくて、私は彼の一挙手一投足を噛み締めながら何気ない日々を大切に過ごしていった。
そうして順調に歳を重ねていた私に起こった、予想外の出来事。それは十歳の時だった。
「チャイ。ストラティスの第四王子がどんな人物なのか、見定めてきなさい」
美女大国と謳われる我が国の中でも、女王である母の美貌は別格だった。私にとっては、更に恐怖を増長させる要素の一つにしかならなかったけれど。
私は、母には逆らえないのだ。
何故彼が、今回の人生でティンバートへ留学しているのかは分からない。けれど母は既に、私の結婚相手の候補にユリアン殿下も数えているということだ。
「どうして…クアトラ嬢は上手くことを運べていないのかしら」
人の心の歪みというものは、やはりそう簡単には治らないのだろうか。あんな経験をしても尚、また同じことを繰り返そうとしているのならば、もうどうしようもない。
「浮かない顔ですね、チャイ王女殿下」
「二人の時はその呼び方はやめてって言ったじゃない」
十歳になると、お互い婚約者候補が浮かび上がる時期。ミアンは以前の人生と同じように、徐々に私と距離を取ろうとする。
けれど今回の私は、少しだけ積極的だった。
「明日から貴方が側にいない生活だって考えると、とっても憂鬱なの」
「チャイ、そんなこと言っちゃダメだよ。ティンバートはここよりもずっと栄えているし、きっと勉強になる」
彼の言い分は最もだけれど、そんな台詞が聞きたいわけじゃない。
「それでも寂しいの。貴方は私がいなくても平気なの?ミアン」
「それは…僕だって寂しいよ」
遠慮がちに頬を染めながら言うミアンが愛おしくて、たったこれだけのことが幸せで胸がいっぱいになる。
「お土産いっぱい買ってくるわね」
「それより、無事に帰ってきてくれるのが一番だよ」
「ミアン…」
以前の人生では、こんなこと言われなかった。私の中に、少しずつ欲が芽生え始める。
「帰国したら一番に貴方に会いたい」
「まだ行ってもいないじゃないか」
「ねぇ、私の帰りをちゃんと待っていてくれる?忘れちゃ嫌よ?」
頬を膨らませてずいっと顔を近づければ、また彼の頬が染まる。
「忘れるなんてそんなこと、ありえないよ。君の帰りを、待ってるから」
「約束よ、ミアン」
触れたくても、それは許されない。けれど、彼が笑いかけてくれるだけで、私は十分幸せだ。
そう。ただそれだけで、幸せだったのに。
「嫌…嘘よ。ミアンが死んだなんてそんなこと、私は絶対に信じない」
お願い、誰かこれは悪い夢だと言って。




