理解できない
結局五日の謹慎で済んだのは私が公爵令嬢だからなのか、それともユリアン様が抗議したのか。きっと彼はあの時、私がそれを望んではいないと理解したはずだろう。ただの令嬢が罰せられることと、他国の王族同士の言い争いではわけが違うのだから。
この長い世界の歴史の中では、理由も思い出せないようなくだらないことがきっかけで戦争に発展した例など、幾らでもある。
いつの時代も、人とはそういうものなのだ。
両親が多額の寄付という名目で学園に贈った賄賂のおかげで、私には同室の生徒がいない。寄宿舎にしては快適で居心地の良い部屋ではあるけれど、こんな時ふと人恋しくなってしまうのは、ある意味逆行後の弊害ともいえる。
カクトワールに腰掛けぼんやりと窓の外を眺めていると、ふいに控えめなノックの音が部屋に響く。扉を開けると、そこには寄宿寮の寮母が立っていた。
「クアトラ嬢、ストラティス殿下からの伝言をお伝えにきました。正午過ぎ、共同娯楽室にいらっしゃるようにと」
「けれど私は今謹慎中の身です」
「その時間、私以外に人はいません。殿下の命により私は決して口外致しませんので、ご安心ください」
そういうことではないのだけれど、これ以上寮母に追及したところで意味はない。彼女はユリアン様から頼まれただけだし、それを私が拒めば板挟みになってしまう。
私が頷くと、彼女はあからさまにほっとしたような顔を浮かべ去っていった。
寄宿寮はもちろん男女別だけれど、共同で使用するスペースもいくつかある。この娯楽室もその一つであり、名目上は生徒同士の健全な交流の場として設けられているらしい。
「アリス」
ユリアン様は私の姿を見るなり、こちらに駆け寄る。安堵するように細められたグレーの瞳を見て、私の心も複雑に揺れた。
「来てくれたんだね」
「言伝を預かった寮母に迷惑がかかりますから」
「君にこんなことをさせてしまって、ごめん」
いつぶりかに見る、彼のふわりとした微笑み。それだけで涙が零れ落ちそうになるのを、私はぐっと堪える。
昔はすぐに泣いていたのに、いつのまに私は我慢が得意になったのだろう。
「ユリアン様は、お芝居が上手でいらっしゃいますね」
「アリス…?それはどういう…」
「チャイ王女の前で私に向ける冷たい顔と今と、一体どちらが貴方の本音なのですか」
ユリアン様を好きだと気づいた今、私は滑稽なほど彼の一挙手一投足に踊らされている。
次は絶対に惨めな死に方をしないという人生をかけた私の願いは、変わったのだ。
彼の幸せの為に、全力を尽くしたいと。
笑顔を向けられ、好きだと囁かれ、優しく頭を撫でられた。
それだけで私はもう、あの時の冷たい床の感触など当に忘れてしまったのだ。
「君には申し訳ないと思ってる。だけど僕は」
「謝る必要などありません。貴方は貴方の望むままに行動なさってください。チャイ王女と婚約を結ぶというのなら、私は潔く身を引きます」
「…お願いだから、そんなこと言わないでアリス」
彼には、子供のようなところがある。切なげに瞳を揺らし、まるで捨てないでくれとでも言わんばかりに私を見つめる。
捨てられようとしているのは、貴方ではなく私だというのに。
「ユリアン様を責めるつもりはないのです。ただ、こんな風に思わせぶりなことをするのはもうやめてください」
「僕にはアリスしかいない。アリス以外どうだっていい。君のいないこの先なんて考えられないし、考えたくもないんだ」
私に伸ばされた彼の指先が、迷ったように空を彷徨い、私に触れることなく下される。いつだって冷静な表情が私の前では簡単に崩れてしまうことが、どうしようもなく嬉しいと思ってしまう。
「僕は、君の為なら死んだって構わない」
ぽつりと呟かれたその言葉は、狂気さえ孕んでいるような声色だった。