公爵令嬢と王女の立場
ユリアン様は私が現れたことに一瞬驚いた表情を見せたけれど、すぐ無表情に戻る。彼のこの顔を見ていると、逆行前の世界にいるみたいで感情が激しく揺さぶられてしまう。
「ですが、いささか急なお誘いでしたね。私の配慮が足りませんでしたわ。ご無礼をお許しください、チャイ王女」
「いいえ、許さないわ。クアトラ様は私のことが気に入らないのね。だからこんな嫌がらせを」
「違います!アリスティーノ様は何も悪くありません!王女殿下とお近付きになりたくて、私達が勝手にやったことです!」
私が背中に隠すように庇っていたサナ達が、今度は私を庇うように一歩前に出た。
「サナ、おやめなさい。貴女達の出る幕ではありません」
「ですが、アリスティーノ様一人が責めを追わなければならないなんて、そんなこと耐えられません!」
サナの言葉に他の令嬢達も大きく頷く。その姿を見て私は表情を変えることはなかったけれど、内心では嬉しさに大声をあげてしまいそうだった。
「ここにいる令嬢達は、ただスロフォンの話を聞きたかっただけだ。アリスも含め、咎められる必要はない」
ユリアン様が感情の込もらない瞳でそう口にする。
チャイ王女は、まるで舌打ちでもしそうな顔でこちらを睨んでいる。そのうち猫を被ることを思い出したのか、取り繕ったよう哀しげな顔を浮かべユリアン様を上目遣いに見つめた。
「私は皆さんから急に詰め寄られて、とても怖い思いをしました。それがクアトラ様のせいだというのならば、責任をとっていただかなければ納得がいきません」
確かに、王女殿下に対しこちらから急に話しかけることは、同じ学園の生徒といえどあまり褒められた行動ではない。
けれど以前の彼女ならば、決してこんな風に立場を笠にきて誰かを責めたりはしなかったのに。
「スロフォン王女。アリスは何もしていない。彼女に責任を問うのは間違っている」
「ユリアン様は私ではなくクアトラ様を庇うのですか?あんまりです!」
「この程度のことで騒ぎを起こすのは賢明ではないと言っているだけです」
淡々とした口調を崩さない彼を見て、チャイ王女はその大きな瞳いっぱいに透き通った綺麗な涙を溜めた。
「酷いです。誰も私の味方をしてくれないなんて。ルヴァランチアの方々は王女である私を蔑ろに」
「チャイ王女。私はしばらく謹慎にしていただいて構いません」
「アリス」
途端に反論しようとするユリアン様を手で制すと、私はチャイ王女をまっすぐに見つめる。決して瞳を逸らすことも、背を丸めることもしない。
「私がクアトラ公爵家の娘であるということを鑑み、チャイ王女には広いお心で私以外には罰をお与えにならないよう、どうかお願いいたします」
「言われずとも分かっていますわ」
「ご厚情痛み入ります」
深く目線を下げ敬意を表すと、彼女はふんと鼻を鳴らしたもののこれ以上の追求はしないようだ。
「アリス、君が謹慎なんてする必要はないよ」
「ユリアン様」
咎めるように名を呼ぶ私を見て、彼は口を噤む。まだ何か言いたげな表情だったけれど、私はそれに気付かない振りをしてふわりとスカートをひるがえしその場を後にした。