友人達の協力
人って不思議ね。一人で生きているなんて、それはとんだ驕りだった。
もう這い上がれないというほどどん底に突き落とされた気分でも、誰かのたった一言で這いあがろうという気力が湧いてくる。
ユリアン様にとって私は、そういう存在になりたい。
私は彼を愛していると、ようやく認めることができたから。
「…こんなこと初めてだわ。前の人生も合わせれば、私はもう二十七年近くも生きていることになるのに」
校舎の壁に張りつきぶつぶつと呟きながら、私は少し向こうにいるユリアン様とチャイ王女を見つめていた。
彼女は授業以外本当にユリアン様の側にべったりと張りついている。彼は相変わらず能面のような笑みを浮かべ、触れられる前に素早く回避しているようだ。
もしも本当に王女をもてなすという名目ならば、あの態度はいかがなものだろうか。
ーーアリス
甘い声色で私を愛称で呼び、ふわりと微笑むあの表情。今は私にだけ見せている彼あの顔が、いつかチャイ王女に向かう時を私は見なければならない。
そう思うと、心臓に剣を突き立てられたのではないかと思うほど、私の心は鋭く痛むけれど。
「…私の願いは、私の幸せではないのよ」
ユリアン様が幸せなら、私は構わない。
私はスカートをぎゅうっと握り締め、深呼吸を繰り返した。
「スロフォン王女殿下、お忙しいところ大変申し訳ございません」
「私達ずっと王女殿下とお話がしたくて、いつかお声をかけられないかと、ずっと願っておりました」
「ストラティス殿下とのお時間を邪魔してしまうことは重々承知ですが、どうか私達にも機会をいただけないでしょうか」
サナ含めいつも私の側にいる令嬢達が、二人の前に姿を現す。ここからでも彼女達の緊張が伝わってきて、今更ながら大変なことを頼んでしまったと後悔の念が浮かんだ。
私がユリアン様と二人の時間を持てるようにと協力をかって出てくれた彼女達には、本当に感謝しなければ。
「皆様、ありがとうございます。私も皆様とお喋りをしたいのはやまやまなのですが…」
「私達、スロフォンの女性に憧れているのです!美女大国と謳われるその美の秘訣を、ぜひ教えていただきたいです!」
「女性を重んじる風土も素敵ですわよね!スロフォンの殿方はどんな風に女性に接するのかも、興味があります!」
「今ルヴァランチアの令嬢の間で何が流行しているのかも、私達とっても詳しいんですの!」
笑顔を浮かべながらもやんわりと拒否しているチャイ王女に、サナ達がたたみかけるように押しを強めた。
「ユリアン殿下、構いませんでしょうか」
サナが緊張の面持ちで彼に伺いを立てる。彼女達にとって、この二人に自ら話しかけるということは命懸けにも等しい。それでも、自分の為ではなく私のために必死になってくれている。
「僕は構わない」
「ユリアン様」
「けれど同席はさせてもらう」
ぴしゃりと放った彼の言葉には、誰も逆らえない。ユリアン様は何故こんなにも彼女の側を離れたがらないのか、もしかすると彼の心はもう既に…
私はとんと地面を踏みしめ、建物の陰から姿を現す。ブーツの踵をかつかつと踏み鳴らし、サナ達を庇うように二人の前に対峙した。
「申し訳ございません。私がこの令嬢達に頼んだのです。チャイ王女と話す機会を設けてほしいと」
「ア、アリスティーノ様」
「私達はただ純粋に、スロフォンの文化を学びたいだけです」
本当のことを口にすれば、責めを受けるのは彼女達も同じ。私は淑女の見本のような笑みを浮かべ、恭しくカーテシーをしてみせた。