互いの変化
チャイ王女は細い指でティーカップを持つと、優雅な所作でこくんと一口紅茶を飲む。先程感じた雰囲気は、私の勘違いだったのだろうか。
彼女は穏やかな表情でこちらを見つめた。
「あの時、私とユリアン様のお互いの両親、つまり両国の国王と王妃は私達を結婚させたがっていた。私にはまだ正式な婚約者がいなかったけれど、彼には貴女というれっきとしたお相手がいたのに。本当、親というのは身勝手よね」
私には一切、婚約解消などという話は入ってこなかった。にも関わらず裏ではチャイ王女にもコナをかけていたなんて、馬鹿にするにも程がある。
けれど、いくらクアトラ家が公爵家といえどもスロフォンの王女と比べてしまえばどちらとの結婚により利があるのかは明白。
留学という名目の婚約者探しは、まんまと両国の利害を結びつけたというわけだ。ということはきっと、国王陛下や王妃陛下は内心私が自ら堕ちていったことを喜んだのだろう。
私に何の落ち度もないのに、自分達から婚約解消の申し出をするのは気が重い。それをする手間が省けたのだから、あちらにとっては万々歳というところだろう。
私が死んだことも、いい厄介払いくらいにしか思わなかったのかもしれない。
自業自得なのは百も承知だ。けれど、負の感情がどうしようもなく私の心を支配していく。私があの時どれだけ、いいようのない孤独と恐怖に苛まれていたか。
「あらあら。余程ショックだったみたいね。けれどあれを起こしたのは貴女自身、誰かを恨むのはお門違いだわ」
「…承知しております。全ては私の幼稚な嫉妬心が招いたこと。貴女様にも他の誰にも、責任はありません」
身体中が熱っているのに、芯は驚くほど冷えている。冷静にならなければと思うのに、私は簡単に支配されていく。
「そんな思惑も知っていた私には、貴女があまりにも惨めで可哀想に映った。だから救ってあげたくて、時間を巻き戻したの。逆行後の貴女に前の記憶があるのは、私がそうしたから。他人の人格形成には関与できないから、過ちを犯した自分を覚えていれば流石に繰り返さないだろうと思ったの」
私は冷静になろうと、一度目を閉じる。今の私は、ちゃんとアリスティーノとして生きている。見栄やプライドに囚われ、公爵令嬢としての人生にしか価値を見出せなかった頃とは違う。
完璧な良い子にはなれなくても、私はもう二度と理不尽に人を傷つけたりはしないと決めたのよ。
「感謝致します、チャイ王女。私は貴女様のおかげで、新たな自分として人生を歩めるチャンスをいただきました」
「その様子だと、以前とあまり変わっていないように見えるけれど」
「いいえ。私はあの頃の私とは違います」
まっすぐに彼女を見つめると、小さな舌打ちが返ってきた。
「チャイ王女は、随分とお変わりになりましたね。あの頃は本当に可憐で優しい、まるで花の妖精のような方だったのに」
「そうね、自分でも思うわ。私、悪い子になっちゃったって」
にたりと口角を上げる彼女には、もう花の妖精の面影はなかった。
「覚悟してね?アリスティーノ・クアトラ」