ユリアンの胸中
「こちらでなくとも、私部屋へ戻りますわ」
「ダメだ。僕が入れない」
ユリアン様は言葉通り私を医務室へと連れてきた。幾つか並んだベッドの一つに案内され、その側に置かれた椅子に当然のように彼が腰掛けた。
養護教諭が何の気を利かせたのかベッド周りのカーテンを閉めたせいで、簡単に二人の空間ができてしまった。
つくづくこの学園は、高位貴族に優しい世界だ。
「大丈夫?水を持ってこようか」
ベッドに横になった私の側で、ユリアン様は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。私は首を振り、半ば無意識に彼の方に手を伸ばした。
「アリス…?」
「私は、ユリアン様が幸せになれるようにと願っております」
それだけ口にして、ふいと目を逸らす。おさめようと引いた手は、彼の指に絡め取られた。
「ユ、ユリアン様」
「お願いアリス、僕から離れていかないで。君がいなくなったら僕は…」
掠れた声色が、私の涙腺を刺激した。私達は最近、こんなことばかりだ。らしくないし、暗くて哀しい感情が心を覆う。
「ユリアン様はストラティスの名などなくともとても魅力的ですわ。そう思っているのはきっと、私だけではありません」
「君以外にどう思われようとどうでもいいよ」
「チャイ王女はきっと、貴方の望むものをくださいます」
「そんなもの僕はほしくない!」
彼が声を荒げるのを、私は初めて聞いた。けれどグレーの瞳が湛えているのは、怒りではなく哀しみだった。
ユリアン様は私の手を握り締め、引き寄せる。彼の体温が私の中に流れ込み、溶け込んでいった。
「君は一体、何に怯えているの?まるで、僕には見えないものが見えているみたいだ」
「私、私は…」
微かに震えはじめた私に気づいたユリアン様が、ゆっくりと優しく頭を撫でる。窓から差し込む夕陽に照らされた彼の髪は、とても神秘的だった。
「ごめん。焦らないと言ったのに」
「…謝らないでくださいませ」
「僕は君を手放したくない。だからその為に、できることをやるよ。いつまでも子供みたいに、君に縋りつくだけでは情けないから」
意外な言葉に思わず身体を起こすと、ユリアン様は安心しろとでも言わんばかりに小さく微笑んだ。
「アリス、嫌なおもいばかりさせてごめん。君という婚約者がいながら、側にいられなくて」
「…私は、別に」
「僕を信じてどうか待っていて、アリス」
違うの、私は二人の仲が深まることを望んだのよ。彼が私との婚約を解消して彼女を選んだとしても、決して恨んだりしないと心に決めたの。
彼がスロフォンに行ってしまえば私とは、二度と関わることはなくなる。そうすればもう、私はあの結末に怯えることもなくなる。
ユリアン様だってきっと、幸せになれるはずーー
「私、私は……」
どうしても、答えることができない。そんな私の頭を、彼はただ優しく撫で続けたのだった。




