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今のチャイ王女

チャイ王女と、話をしなければいけない。彼女には当然逆行前の記憶はないのだから、私のことを認識しているかどうかすら分からないけれど。


彼の婚約者として彼女の行動を牽制したいと、その感情がないわけではない。けれど私がしなければならないのは、そんなことではないのだ。


憶測でしかないけれど、王妃様がユリアン様をスロフォンへ追いやりたいという思惑は、もしかすると彼にとっても利点なのではないだろうか。


ユリアン様自身に王位継承権争いに参加する意思は全くないのに、秀でた能力のせいでいつまでも猜疑心の込もった瞳を向けられるよりも、スロフォンで心穏やかに暮らす方が幸せかもしれない。


チャイ王女にその気持ちがあるのならば私は身を引く覚悟があると、それを彼女に示さなければ。


「やるのよアリスティーノ。この人生では、きっと誰かの役に立ってみせるわ」


例えそれが、自身の感情を殺すことになったとしても構わない。


私は今この瞬間生まれて初めて、自分以外の誰かの幸せを心から願ったのだった。





その日の放課後、相変わらずユリアン様の側にぺとりと寄り添っているチャイ王女に、私は声をかけた。二人でいるところに私が介入するのは、これが初めてだ。


「アリス」

「まぁ、クアトラ様!私ずっと貴女とお話がしたかったのです」


ユリアン様が行動を起こすよりも先に、チャイ王女が私の元に駆け寄る。滑らかな指先が私の手を取り、同時に彼女はにこりと可愛らしく微笑んでみせる。


「チャイ・スロフォンと申します。ご挨拶が遅れてしまって申し訳ございませんクアトラ様」

「いえ、こちらこそ。私はクアトラ公爵家の長女、アリスティーノ・クアトラと申します」

「お噂はかねがね、ユリアン様の婚約者様でいらっしゃるのですよね?とってもお似合いだわ」


以前ならば、こんな駆け引きなど朝飯前だったのに。彼女の顔を見るとどうしてもあの断罪の日が瞼の裏に浮かんで、上手く話せなくなってしまう。


「アリス。顔色が悪いよ」

「なんともありませんわ、ユリアン殿下」


瞬間、ユリアン様の傷ついた表情に胸の奥が抉られるように痛んだ。わざと彼が嫌う呼び方をした私は、本当に最低だと分かっている。


「クアトラ様には謝らなければと思っていましたの。ここ数日、ユリアン様をお借りしてしまって」

「…いえ」


やはり、逆行前と今の彼女では性格が変わっている。チャイ王女は本来、こんな物言いをする女性ではない。


昔の彼女ならば、ユリアン様を幸せに導いてくれる女性だった。私の死後も人生が続いていれば、きっと二人は婚約していたに違いない。


ユリアン様はチャイ王女のことを、愛おしげに見つめていたのだから。


「ユリアン殿下。私チャイ王女と二人で少し話がしたいのですが」

「ダメだ」

「何故ですか」


厳しい表情で即答する彼に、私は食い下がる。


「顔色が良くない。僕と一緒に医務室へ行こう」

「そんな必要はありませんわ。私は彼女と」

「アリス」


ユリアン様が私の手首を掴み、私がそれを振り払おうともがく。彼はきっと、私がチャイ王女に言わんとしていることを察しているのだと思った。


私が、身を引こうとしていることを悟っているのだと。


「お二人とも、落ち着いてくださいませ」


ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった瞬間、チャイ王女は彼が私に触れている方の手に、自身もそっと触れた。


驚いた拍子にパッと手を離す彼を見て、まるで花が綻ぶように彼女は微笑む。


「クアトラ様。今日はユリアン様の言う通り、お体を大切になさって。また後日改めてゆっくり、お話をいたしましょう」

「…チャイ王女」

「私は失礼させていただきますわ。ユリアン様、また明日お会いできることを楽しみにしておりますね」


完璧なカーテシーをしてみせると、彼女はひらりと身を翻し護衛と共に去っていった。


行動の意図が分からず戸惑う私の目の前を、まるで彼女の残り香に誘われたように一匹の蝶がひらひらと舞っていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 学園の案内とかお茶とかなぜアリスもよばない?ありえないと思いつつ、でも何か背景があってアリスと王女を近づけたくないのかもしれない、まさかふたりでいるわけではないだろう、だれか友人なり側…
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