傲慢な令嬢の結末
ーーあぁ、どうしてかしら。私はどこから間違ってしまったの。
「…私は、アリスティーノさんを心からお慕いしておりました」
目の前でさめざめと泣いてみせるチャイ王女を、私は隠すことなくぎろりと睨みつける。
彼女の腕に巻かれた包帯が、ちらちらと見え隠れする。大した怪我でもないくせにあんなに大袈裟にして、同情を買おうとするなんて本当に浅ましい女だわ。
今すぐ飛びかかり化けの皮を剥がしてやりたいが、両腕を衛兵に抑えられている為それもできない。
チャイ王女の隣にはユリアン様が立っている。泣いている彼女に優しく寄り添うその姿は、まるで仲睦まじい恋人のようだった。
「…私は、何も悪くないわ」
ぽつりと呟いた瞬間、ユリアン様の眉間に深い皺が寄る。婚約者である私がどうして、そんな目で睨まれなければならないの?
悪いのは全て、その女なのに。
「何も悪くないとは?君は自分がチャイ王女に何をしたか、本当に分かっていないのか」
「正当防衛ですわ、ユリアン様」
「正当防衛だと?」
まるで蛆虫でも見るような目だわ、まったく。
「分からないなら説明してやろう。君は取り巻きと共にチャイ王女を脅迫し、姑息な虐めを繰り返した。それだけでは飽き足らず、上階から花瓶を落とし彼女に当てようとしたり、階段から突き落としただろう。友好国の王女に怪我をさせるなど、下手をすれば国同士の争いに発展するところだったんだ」
ユリアン様が淡々と口にする事柄は、一字一句違わず全てが事実だった。
だから何だというの?
私はただ、腹が立って仕方がなかったのよ。王女というだけで周囲からちやほやと褒めそやされ、まるで自分が聖女かなにかであるように振る舞う、この女の存在が。
いっそ死んでしまえばよかったのに。
「言い訳をしても無駄だ。この場に君の味方は、誰一人としていないからな」
「…ユリアン様も悪いのですわ」
下を向き、ぽつりと呟く。下がった自身の琥珀色の髪が視界いっぱいに広がった。
「何故、その女には笑いかけるのですか」
「…君は一体、何を言っているんだ」
困惑の声色をあげるユリアン様を無視して、私は続ける。
「私と貴方様は婚約者同士でしょう?いずれ妻となる私にこんなことをして、そのお心は痛まないのですか」
「…君はいつだって、自分のことばかりなんだな」
顔を上げた瞬間、散らばった髪の隙間からユリアン様の顔が見える。
一瞬、貴方のそのグレーの瞳から涙が溢れてしまうのではないかと、何故だかそう思った。
「行きましょう、チャイ王女」
「ユリアン様。どうか彼女を、酷い目に遭わせないで。私が必ず、なんとかしてみせますから」
「…貴方はどこまでも優しい人だ」
ユリアン様が、心底愛おしげにチャイ王女を見つめる。彼女は私に向かって心配そうに視線を送りながら、ユリアン様に促されるように部屋を出ていった。
「何故。何故なの…どうして…」
私は力を失い、ガクンと頭を垂れた。もう、あの瞳に私が映ることはないのかしら。
それならいっそ、ゴミを見るような視線だって構わないのに。
冷たい床に頬を擦り付け、私は色を失った瞳をゆっくりと閉じた。
ーーそれから一ヶ月後、私は誰の目にも晒されることなくひっそりと処刑された。