開戦の前触れ
あの日から数日、ユリアン様とは気不味い雰囲気のまま。実際は私がそう感じているだけで、彼の態度は至って普通。いや、普通にしてくれていると表現した方がきっと正しい。
時を逆行したあの日からもう十年。私は、変わることができたのだろうか。悩み、苦しみ、もがき、流され。結局、アリスティーノ・クアトラという人間の本質は、何一つ変わっていないのかもしれない。
私は、これから起こるだろうことから自身を守ろうと、ユリアン様を傷付けている。果たしてそれは、正しいことなのだろうか。
「神様がくださったこの時間に、何か意味はあるのかしら…」
ぼそりと呟けば、私の側にいた取り巻きの一人が首を傾げた。
「アリスティーノ様っ」
そんな時、常に私と行動を共にしているサナが焦った様子でこちらに駆けてくる。はぁはぁと全身を使って呼吸をしている彼女に、私は声を掛けた。
「まぁ、大丈夫なの?そんなに慌てて一体どうしたというの」
「私先程、先生方が話してらっしゃるのを偶然耳にしたのですが」
瞬間、ぶわっと身体中の血管が沸騰するような感覚に陥る。血相を変えた私を見たサナは、胸に手を当て呼吸を整えながら私を見つめた。
「アリスティーノ様、もしかして既にご存知なのですか?」
「いいえ。何のことかしら」
上手くしらを切れているだろうか、全く自信がない。
「今日この学園に、隣国の王女が編入してくるらしいのです」
「…隣国の王女?」
「チャイ様だと」
その名前を聞いた瞬間、膝から崩れ落ちそうになる。何故か以前よりも一年早く、彼女は私の前に姿を現すらしい。
ユリアン様が幼少期隣国へ留学していた時もそうだった。彼はそこで既にチャイ王女に出会ったと言っていたけれど、これも逆行前にはなかった事柄。
彼はチャイ王女とはあまり関わらなかったと言っていたけれど、一年早くやってきたということはやっぱり、彼女の中で何らかの変化が起こったということなのだろうか。
「アリスティーノ様、アリスティーノ様!」
「…ごめんなさい。少し考え事をしていたの」
明らかに変わった私の様子を見て、サナが案じるような仕草をする。以前ならあり得なかったことだけれど、どうやら彼女の中でも少しずつ私への評価が変化しているらしい。
「今日この後、大講堂にて歓迎の式が開かれるみたいです」
「そう」
たった一言呟いて、私はまた口を噤む。サナや他の令嬢達は戸惑っているようだけれど、今の私にはそれを気遣う余裕もなかった。
落ち着くのよ、アリスティーノ。一年早く彼女と会うからといっても、私が取るべき行動は決まっているのだから。
彼女とは、なるべく関わらないこと。
そして絶対に、手を出したりしないこと。
例え彼女とユリアン様の距離が近付いたとしても、決して嫉妬などしてはいけない。
ーー僕は君のことが好きだ
掠れた声と、切なげな瞳。私のことが愛おしいと、あの時触れた指先から彼の想いが流れ込んできた。
「…ダメよ、アリスティーノ」
気を抜けば今にもあの人の元へまて駆け出してしまいそうになる身体を、必死に押さえつけ。
「さぁ。行きましょうか」
私はサナ達に向かってにこりと微笑んだ。