ターナトラーの変化
あの後ターナトラーさんに事情を説明すると、彼は快く花壇を案内してくれた。
「気にいるものがあるかどうかは分かりませんが…なんせ僕の興味分野は薬草ですから」
そんな前置きと共にやってきた花壇だったけれど、今の時期は様々な種類の花々が美しく咲き誇っていた。
「まぁ、素敵。これはターナトラーさんが?」
「僕一人の力ではないですけどね。薬草を自由に育てる許可を貰った代わりに、花壇の水やりをしているくらいです」
先程落としたせいでヒビの入った眼鏡をかけているターナトラーさんは、言葉とは裏腹に自慢げな表情をしてみせる。この人って、よく眼鏡にヒビが入る人ね。
花壇には小さなバラが植えられており、赤色に黄色に桃色にと色とりどりで可愛らしい。
「バラの蕾や花びらは乾燥させるとお茶になるんです。血の巡りを良くしてくれるので、体の冷えにも効果があるんです。バラ茶は女性におすすめです」
「個人的には興味があるけれど、今はお茶になる花を探しにきたわけではないの。それにバラは棘があって危ないわ」
バラをじっと見つめている私に気付いたターナトラーさんが、饒舌に説明を始める。私はそれをやんわりと牽制しながら、花束に出来そうな花をいくつか見繕う。
「まぁ、これも可愛らしいわ」
しゃがみ込み花を選定している私の横では、二人にしか聞こえないように会話が繰り広げられていた。
「以前も言った通り、アリスは僕の婚約者だ」
「は、はい!それはもう重々存じております!」
「立場を弁えるのならば、これからも良き友人として彼女を支えてやってくれ。あくまで、友人として」
ふぅと溜息を吐きながら立ち上がると、何故かターナトラーさんがそのくりくりとした丸い瞳いっぱいに涙を溜め、横に立つユリアン様を見つめていた。
まるで崇拝でもするかの如く、英雄を見つめる無邪気な子供の如く。
先程まで怯えていたくせに、一体何なのかしら。
「ユリアン殿下!畏れ多いお言葉ありがとうございます!」
「…本当に、一体何なの」
「大丈夫。アリスが気にすることじゃないよ」
にこりと微笑むユリアン様が、何故だかとても王子様らしく見えた。それと同時に、ターナトラーさんが彼の掌の上でくるくると踊っている幻覚も。
「ありがとう、助かったわ」
「お役に立てて光栄です」
ターナトラーさんはにっこり笑う。笑顔は実に可愛らしいのだけれど、ヒビの入った眼鏡がそれを台無しにしている。
謝礼も兼ねて、今度新しいものを贈ることにしよう。
「アリス、そろそろ行こうか」
「そうですわね」
私が花を摘んでいる時は遠慮していたのか、ユリアン様は再びぴたりと私に寄り添う。
ここを訪れた時とは全く違う表情で、ターナトラーさんは私達を熱く見つめていた。
「……」
どうしてかしら。何だかとても嫌だわ。
「クアトラ嬢。今度バラ茶をご馳走します」
「あら、それは楽しみだわ」
素直に口にした後、しまったと口元を押さえながらちらりとユリアン様に視線をやる。てっきり能面を発動させているかと思ったけれど、彼は何も言わずに優しく目を細めただけだった。