成長
流石、クアトラ公爵家の名は絶大だ。私が特に何もせずとも、アリスティーノ勢力はどんどんと広がっていく。以前の人生でいつも私の一番近くにいた伯爵令嬢のサナが、今回も側にぴったり張り付いていた。
「まぁ…こんなものよね」
学園の中庭にあるベンチに腰掛け、適当に周囲を観察する。プライドの高いもの同士がぎゅうぎゅうに詰め込まれたこの学校で、トラブルのない方がおかしい。寄宿制で普段学園内の外へ出られないストレスも相まって、親が高位貴族の生徒が自分より立場の低い生徒を苛める光景ばかりで、気が滅入る。
なんだか凄く、責められているような気分になるのよね。
私はこの八年で、自らを顧み反省するというスキルを習得した。そして、他者を慮るという感情も。
それを学んだのは、くしくもユリアン様から。彼のいる屋敷にはリリがいるので、もう数え切れないほど通ったのだけれど。
そこでただの一度も、私は彼の家族に出会ったことがなかった。
小さな頃から彼は王家の別屋敷で一人、従者と暮らしていた。四兄弟の中でただ一人。
以前の私はそれを好き勝手できるから羨ましいとしか思っていなかったし、実際何度も彼にそう言った。私は彼がどんな感情を持ってそこで一人でいるかなんて、考えたこともなかったのだ。
ユリアン様は四兄弟の中でも最も美しく、そして才に長けている。けれど愛嬌や友好的な部分が欠落していて、王妃様から愛されなかった。兄より秀でていることを疎まれ、理不尽に突き放された。
今回の人生で、自分の視野が広くなってから初めて理解した彼の気持ち。リリがそんなユリアン様を不憫に思っていたことも、私が彼を理解しようとする一因になった。
ーー僕は僕のままで充分魅力的だと言ってくれた、あの言葉が凄く嬉しかったんだ
ユリアン様が私に向かって言った台詞が、あの時の私には理解できなかったけれど。
小さな頃から母親に嫌われ、広大な屋敷な一人閉じ込められた。
彼が一体どれだけ辛い思いをしてきたのかを、私は長い年月をかけてようやく少しだけ理解することができたのだ。
環境に恵まれている、産まれた時から勝っていると、以前の私は何度も口にしていた。そんなもの、嫌われて当然だと今なら分かる。
そして今こうして、目の前で誰かが誰かをいじめているのを見ていると、つくづく思ってしまう。
貴族って、なんて可哀想な生き物なのかしら。
と。
ぼうっとしていた私は立ち上がると、その男子生徒達の元へ歩いていく。そして腕を組み、自分の体が少しでも大きく見えるようにと精いっぱい胸を張ってみせた。
「何だかとっても面白いことをなさっているのね」
「ク、クアトラ公爵令嬢!」
流石に私の顔を知らない者はいないようだ。いじめていた側の男子生徒三人が、私を見て目を丸くした。
彼らの足元には、小柄な男子。うずくまっていて顔は見えないけれど、制服は見事に土塗れだ。
「こういうことって、楽しいのかしら」
「い、いえ。僕達は楽しんでいるわけではありません。ただコイツが自分の立場というものを分かっていないので…」
「そうです。僕らは親切で教えていただけです」
この学園で、私より位の高い家の生徒はほとんどいない。彼らの顔は知らないけれど、この態度からしても大した爵位の息子ではなさそう。
「貴方達ってとっても親切なのね」
にこりと微笑んでみせると、彼らは途端に頬を染めた。こんな時、美しいって得だわ。
「私も貴方達を見習って、彼に礼儀を教えて差し上げなくっちゃ」
「そんな、クアトラ様が相手をするようなヤツでは」
「あら、貴方達は良くて私はダメなのかしら?」
すうっと目を細めただけで、彼らはぶるりと身を震わせる。
「さぁ行きましょう?私も貴方に教えてあげる。言っておくけど私は、彼らみたいに優しくなくってよ?」
「えっ…そ、そんな」
うずくまっている生徒の腕を掴むと、彼は心底怯えた瞳で私を見上げた。
「いいから来なさい。抵抗するなら、貴方の家がどうなるか分からないわけじゃないでしょう?」
「は、はい…」
掴んだ手から私にまでぶるぶると震えが伝わってくる。私ってやっぱり、そんなに怖いかしら。
「アリスティーノ様、私達も…」
「ついてこないでもらえるかしら。私一人で楽しみたいの。じっくりと…ね?」
サナや男子生徒達に意地悪くにたりと微笑めば、それ以上誰も何も言うことはなかった。