いざ、学園入学
ーーチャイ王女の存在に胸を騒つかせながらも、私とユリアン様は十三才になり共に王立学園に入学した。
いっそ学校に行かなければ…とも考えたのだけれど。
「アリスティーノ。王立学園には貴女の婚約者という立場を奪おうとする女狐がたくさんいるのよ。常に見張っていなさい。貴女が選ばれた人間だと、ちゃんと思い知らせてあげるの」
お母様に何度も何度もそう言われて、初めから選択肢はなかったのだと気がついた。
相変わらずごてごてと着飾ったお母様の言葉を聞きながら、私はぼんやりと思った。
そういえばこの台詞、以前の人生でも言われたわ。
と。
そう考えるととても不思議だ。私やユリアン様のように変わる者もいれば、私の家族のように変わらない者もいる。
私は私でしかなくて、必ずユリアン様の妻になると信じて疑わなかったけれど、人生の選択肢って無限にあるものなのね。
「未来ある諸君の学園入学を心より歓迎いたします」
学園長の長ったらしい挨拶を聞き流しながら、ぴかぴかの制服のリボンをそっと撫でる。
逆行してからの八年間、色々あったけれど私は私なりに努力してきたつもり。だけどやっぱり、根本の性格を丸ごと変えることはできないのよね。
「クアトラ公爵令嬢、お会いしたかったです!制服姿がとても美しいです!」
「まぁ、よく分かっていらっしゃるのね」
入学して一週間経つ頃には、学園内を颯爽と歩きながら私はそんな台詞を口にしていた。
誤解のないように言っておくけれど、今の私は決して誰かを貶めようなんて思っていない。ただ、誰にでも優しく慈悲深い聖女のように振る舞うのは、私には無理なのだ。以前の私を知っていることもあって、わざとらしく感じてしまうし何より気恥ずかしい。
それに、誉め言葉を素直に受け取るのは悪いことじゃないわよね。
「アリス」
私の姿を見つけて、彼が軽く片手を上げる。
「ユリアン様」
入学と同時にすっきりと短く刈られたグレーの髪。そのせいで澄んだ瞳と美しい顔が浮き彫りになっている。濃緑のブレザーを誰よりも優雅に着こなし、同じ色のタイが十三歳の彼に大人っぽさを与えていた。
「制服がとてもよく似合っているね。可愛い」
「そ、そんなの当たり前のことです」
つんと唇を尖らせながら言うと、ユリアン様は小さく笑う。
「ユ、ユリアン様も」
「うん?」
「ユリアン様も、素敵…ですわ」
そっぽを向いたままもじもじぼそぼそと呟く私を見て、ユリアン様は楽しそうに喉を鳴らした。
「ねぇ、アリス」
「はい?」
笑っていたユリアン様が、ふいに表情を暗くする。
「アリスは僕のことを、どんな風に見てる?」
「どんな風?貴方はこの国の第四王子、ユリアン・ダ・ストラティス様です」
「やっぱりそう、だよね」
急すぎる質問に首を傾げつつ、私は答える。すると彼はなぜか俯いてしまった。
「それの何がいけませんの?王子であることはきっといつか、ユリアン様を助けてくださいます」
「僕はそうは思わないけど」
「その前にユリアン様はユリアン様ですし、私は私です。ですが今の私は知っているのです。現状を変えるのは、己の力だと」
この説得力は私にしか出せない。自信満々で胸を張ったけれど、そういえばユリアン様は私の事情を知らないのだから意味がなかった。
「入学したてでまだ緊張されているのですか?ユリアン様らしくありません」
「僕らしいとは?」
「笑顔で私をいじめる小悪魔です」
これにも胸を張って答えると、ユリアン様はふっと噴き出し大笑いしはじめた。なにがそんなにおかしいのか、私にはちっとも理解できない。
「やっぱりアリスは、性格が悪いね」
「望むところですわ!」
以前も言われた台詞。だけど今の私はもう、めそめそ泣いたりなんてしないんだから。