一度目と二度目
ーー
「アリス」
「あ、あの」
「アリス」
以前の私はきっと、こんな表情をしたことはなかっただろう。言い表せないむず痒さというか、居た堪れないこの雰囲気に終始呑まれっぱなしだ。
おかしい。ユリアン様はこんな方じゃない。もっと寡黙でミステリアスで、歯に絹着せぬ物言いをすれば意思を持たぬ人形がただ動いているだけのような人だった。
学園に入ってからは特にそれが顕著で、私のことなんてかけらの興味もないくせに、王妃様に逆らえず婚約を続行していた。あの頃の私は、それを利用していたのだけれど。
「愛称を呼ばれたくらいでそんな反応をするなんて、アリスはずるいな。もっと見たくなっちゃうよ」
「…誰よ、本当に!」
「えっ、何?」
そんなきょとんと無垢な瞳で私を見つめても、騙されはしないんだから。
という固い意思表示の為、私は唇を真一文字に結ぶ。けれどさっきからやたらと耳元で名前を呼ばれるせいで、顔どころか体中真っ赤でその効力は皆無だった。
「今日は何して遊ぶ?君に会えるこの日を心待ちにしていたんだ」
ーー君に割く時間は、私には残されていない
ガーデンテラスに腰掛けながら、私は不思議な気持ちで目の前のユリアン様を見つめる。
以前と態度も言動もなんなら口調ですら違うけれど、この方は紛れもなく我が国の第四王子ユリアン・ダ・ストラティス殿下。
同じ人間なのに、どうしてこうも変わってしまったのか。それはやっぱり、私が変わったから?私が自身を変えれば、自然と周囲も変わっていく。
二度目の人生が必ずしも一度目の人生をなぞるわけではないのなら、私にも希望はある。
琥珀色の瞳でじいっとユリアン様を見つめれば、嬉しそうな雰囲気でお喋りしていた彼が吸い込まれたように、動きを止める。
初夏の青々とした緑に囲まれ、私達はただ見つめ合った。
「ユリアン様」
「うん」
「私、貴方に助けていただいたことを生涯忘れませんわ」
以前ならば、こんな風に素直に誰かに感謝することなんてあり得なかったけれど。
今は溢れるこの気持ちを伝えたくて仕方ない。ふわりと微笑めば、ユリアン様の白い頬がほんのり紅く染まった。
「ど、どうしたの。急に素直になって」
「言いたくなってしまったのです。想いは口にしなければ伝わりませんから」
珍しくユリアン様が慌てている姿を見て、私は満足げな表情を浮かべた。
「言ったね?アリス。じゃあこれからは僕も、遠慮せず想いを伝えるから」
「え…っ?」
「君が言ったんだからね?」
その笑顔は、なんだかとても嫌だわ。私の優位が一瞬で崩れてしまった。
「わ、私冷たいお水を飲んできます!」
このままここにいては不味いと、私は慌ててベンチを飛び降り駆け出した。