何かが始まる予感
ユリアン様の計らいのお陰で、私は日常を取り戻した。もちろん、リリとまた交流を再会したことは家族には言えないけれど。
「アリスティーノが元気になって、本当に良かったわ」
心底にこにこと嬉しそうなお母様を見て、内心複雑な思いを抱えながら、笑顔の裏にそれを隠した。
「ユリアン様。今日の紅茶は私が淹れました」
「へぇ、それは楽しみだね」
本当は毎日でもこのお屋敷に通いたいけれど、流石にそれは無理だ。十日に一度ここに来られることが、今の私の生きる糧となっていた。
「リリに教わったから、きっと美味しいはずですわ」
この一件で私は、自分でも驚くほどユリアン様に心を許すようになった。私が呟いたたった一言で、ここまで調べて動いてくれたことが、純粋にとても嬉しかったのだ。
そしてユリアン様も、あの舞踏会の夜が嘘のように私に好意的だ。憎まれ口というか、要所要所でちくちくと嫌味な冗談を挟んでくるけれど、それはもうユリアン様の性分なのかもしれない。
「…本当に、昔とは大違いだわ」
「えっ?何が大違い?」
「いいえ、何でも」
にこりと笑って誤魔化すと、私は茶葉をじっくりと蒸らしておいたティーポットを手に取った。味の濃さが均一になるよう、茶漉しを使いポットの中の茶殻を全て濾し別のポットに移し替えた。
そしてゆっくり、ティーカップに注いでいく。濃い黄金色の液体がゆらゆらと揺れながら、真っ白なカップを覆っていった。
「それにしても君は本当にリリのことが好きだよね」
こちらをじいっと見つめながら、ユリアン様が口にする。
「当たり前ですわ。だって彼女は私の…」
そこで、はたと思考が止まる。私は忘れていた、今の今まで。
まるで母親のように思っていたリリにもう一度会えたことを、私は心の底から喜んだ。そこには、今まで考えていたような他意は一切存在しなかったのだ。
彼女が私の暴走を止めてくれるから、だから傍にいてほしい。でなければ、断罪ルートまっしぐらだから。
ずっとそう思っていたはずなのに、その考えは頭からすっぽりと抜けていたのだ。
「そうだわ、私…」
「アリス!紅茶が!」
「あ…っ、ああ大変だわ!」
ぼうっとしながら注いでいたせいでカップからは紅茶が溢れ、金の刺繍が施された白いテーブルクロスが悲惨な状態になってしまった。
「ご、ごめんなさい私…っ」
「大丈夫だから、メイドに任せて」
おたおたと焦る私に、ユリアン様が諭すようにそう言う。特段怒っている風でも、呆れている風でもなかった。
「せっかくのアフターヌーンティーを台無しにしてしまって、申し訳ありませんユリアン様」
「このくらい片付ければ平気だよ」
「ですが…」
しょんぼりと俯く私の顔を、ユリアン様が覗き込む。
「それより顔が赤いみたいだけど大丈夫?もしかしてやけどしたの?」
「い、いえこれは…」
予想外の部分を指摘されて、びくりと肩が震えた。
「あの…ユリアン様がアリスと、お呼びになったから…」
「…」
恥ずかしさから、ぼそぼそと呟く私を見て、ユリアン様は目を丸くする。
そして次の瞬間、とても嬉しそうに破顔したのだった。




