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悲劇の舞踏会の予感

私はユリアン様の顔を、もう二年は見ていない。彼は王弟である叔父と共に、友好国である隣国へと社会勉強という名目で留学してしまったのだ。以前のユリアン様は、確か留学なんてしなかったはず。今の世界で何故そこが変わってしまったのか、私には分からない。


リリが居なくなって二年、私はすっかり我儘な公爵令嬢アリスティーノへと成り下がった。だけど夜になればその行いを悔い、そしていつか来る未来に怯えすすり泣いた。


今の私の精神状態は、本当にボロボロだったのだ。


「アリスティーノ、今夜はとても大切な日だと分かっているわよね?」

「ええと…何でしたっけ」

「まぁ、貴女ってば何を言っているの!今夜は、ユリアン殿下の帰国を祝う舞踏会開かれる日ではないの!」


そういえば、そうだった。私にとっては、ユリアン様の婚約者として初めての公式な舞踏会。お母様は随分前から何十着ものドレスを仕立てさせていたっけ。私とお母様の分を合わせると、かなりの数だったわ。


「さぁ、今から体をピカピカに磨くのよ。髪も丁寧に結ってお化粧もして、香水もつけましょうね」

「…今日、行かなきゃ駄目かしら」


ポツリと呟いた私の言葉を聞き逃さなかったお母様が、元から大きな瞳を更に見開いた。


「どうしたのアリスティーノ!さっき不快な思いをしたせい?あのメイド、解雇するだけでは足りないかしら」

「ち、違うわお母様!やっとユリアン様に会えると思うと、緊張してしまってつい」


慌てて胸の前で手を振る。私が良い子でいるうちに、あのメイドにちゃんと謝れるといいんだけれど。多分、無理ね。


お母様は私の苦しい言い訳に納得した様子で、そのしなやかな指で私の頬をくすぐる。


「可愛いアリスティーノ。ユリアン殿下もきっと、貴女に会えることを心待ちにしていらっしゃるわ。あんなにこまめに便りをくださっていたのだから」

「…そうですわね」


自分のことに精いっぱいで、舞踏会のことなんて頭から抜け落ちていた。朝から性格の悪さ全開でメイドを解雇してしまったっていうのに、正直に言って舞踏会なんて憂鬱でしかないわ。


手紙では適当にやり過ごしていたけれど、実際会えばそうはいかない。今のアリスティーノのことを、ユリアン様は気に入っている様子だったけれど、それはリリがいてくれた頃の私だった。


「ニナ。アリスティーノの支度を任せたわよ。完璧に仕上げて頂戴」

「かしこまりました」

エプロンドレスを持ち上げうやうやしく返事をしてみせたのは、私の侍女であるニナ。リリの代わりにやってきた彼女は大変従順で、私の言うことにはなんだって従う。


リリとは大違いなんだけれど、我儘な私にとっては都合の良い侍女だ。


「お嬢様。どうぞお部屋へ」

「分かったわ。だけどすぐには来ないで、少しの間だけでいいから一人にして欲しいの」

「かしこまりました」


ニナは無機質な表情のまま答えると、サッと私の後ろに仕える。


はぁぁと盛大な溜息を吐いて、自室への階段をのろのろと登った。


舞踏会なんて本当なら心躍る一大イベントなのに、今の私には断罪へのファーストステージに思えるわ。


そう考えた瞬間、牢獄のあのひやりと冷たい床の感触を思い出し、私はぶるりと背筋を震わせた。


ダメよ、絶対にダメ。そんなことにならないようにしなくちゃ、ダメよアリスティーノ。


ふかふかの絨毯を踏みしめながら、何度も何度も自分に言い聞かせる。


だけどその数時間後には、私は数十着のドレスを前にああでもないこうでもないと、難癖をつけて怒鳴り散らしていたのだった。

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