元の木阿弥
ーーそれからまた時は過ぎ、この私アリスティーノ・クアトラは十二歳になった。
「ちょっと、この紅茶温いわ。どうしてこんな半端なものを私に出せるのかしら。子供だと馬鹿にしているのね」
ガチャン!と大きな音を立てて、私はカップをソーサーに置く。テーブルの上に派手に紅茶が飛び散ったけれど、そんなもの私の知るところではないわ。
「もっ、申し訳ございません!アリスティーノお嬢様。すぐに新しいものを」
「要らないわ。もう二度と、貴女の淹れた紅茶なんて飲みたくない」
ふんと鼻を鳴らして腕を組む。あっちへ行けと顎で合図をすれば、そのメイドは顔面蒼白のまま深々と首を垂れ、そして奥へと下がっていった。
「どうしたのアリスティーノ。朝から騒がしいわね」
「お母様」
颯爽と食堂へ現れたお母様は、今日もとても素敵だった。私と同じ琥珀色の長い髪を丁寧に巻き、フリルをたっぷりあしらったドレスを優雅に揺らしている。
「紅茶がね、温かったのよ。だから貴女の顔はもう見たくないと、そのメイドを食堂から追い出したの」
「まぁ、そうだったの」
腰に手を当ててぷりぷりと怒る私を、お母様は慈悲深い眼差しで見つめた。
「朝から嫌な思いをしたわね。可哀想なアリスティーノ」
「そうでしょう?本当に最低な気分よ」
「心配しないで。そのメイドはちゃあんと解雇しておくから」
三人のお兄様達が寄宿制の王立学園へ行ってしまってからは、お母様もお父様も殊更に私を可愛がるようになった。べたべたに甘やかされ、いつのまにかその環境に慣れてしまった私。
気がつけばすっかり、我儘アリスティーノへと逆戻りしてしまった。
朝の優雅な時間に水をさされた私は不機嫌全開のまま、部屋のドアを乱暴に閉める。アンティークチェアに腰掛けふうっと溜息を吐くと、段々気持ちが落ち着いてきた。
「あぁ…またやってしまったのね私ったら」
琥珀色の長い髪をくるくると指に巻きつけながら、目の端にじんわりと溜まる涙を拭いもしない。
いけないと分かっているのに、カッとなると感情が抑えられない。やってしまった後にこうして後悔したって、なんの意味もないのに。
「リリ…貴女が恋しいわ…」
私のストッパー兼良心だった乳母のリリは、私が十歳の時にお母様が解雇してしまった。
そこで思い出したのよね。何故以前の私の傍に、リリが居なかったのか。彼女は同じように解雇されてしまったのだ。私の手によって。
リリだけは私に根気よく説教をしてくれていたのだけれど、以前の私はそれがどうしても気に食わなかった。彼女を解雇して私を諭してくれる人がいなくなった私は、更に我儘に拍車がかかっていった。
今回の私にはリリを解雇する意思が全くなかったのに、使用人達と親しくする私を見かねたお母様が、それをリリのせいだと決めつけ勝手に解雇してしまった。
初めのうちは毎日毎日泣き暮らして、そしてリリのいない寂しさを周囲に当たり散らして。
そうしてこの二年で、私はすっかり自分自身をコントロールできなくなっていたのだ。
「どうしましょう…あの最悪な未来まで、もう四年もないっていうのに」
膝を抱えてめそめそぶつぶつ、ありったけの髪の毛を指に巻きつけたせいで、くるくるになってしまった。
こんなはずじゃなかったのに、これも全部お母様が悪いわ。リリを勝手に解雇しちゃうなんて、なんて酷い親なのかしら。
今の私はもう、ナチュラルに誰かのせいにすることに慣れきっていた。