最高に美しい私の婚約者
「ユリアン様!」
私は笑顔で、たたっと彼の元に駆け寄る。春の暖かな風に吹かれ、琥珀色の髪が大きく揺らめいた。
「アリスティーノ」
この国の第四王子である、ユリアン・ダ・ストラティス殿下。グレーの瞳は決して主張は強くないが、謎めいていてどこか色香を放っている。瞳と同じグレーの髪はすっきりと刈られ、アシンメトリーの前髪が彫りの深い顔によく合っていた。
私の婚約者でもあるユリアン様は、無表情のままこちらを向いた。彼の表情筋が仕事をしているのを、この私ですらほとんど見たことがない。
でもいいの。一国の王子たるもの、他人に簡単に気を許してはいけないもの。
彼の横顔をうっとりと見つめていると、首を傾げられた。
「何だ?」
「今日もお美しいですわ、ユリアン様」
本当に、この世のものとは思えない。スラッと背も高くて、学園の制服が誰よりも映えている。色素の薄い肌も相まって、無表情でもこんなに美しいなんて。
いつかこのお顔が私の名前を呼びながらふんわりと微笑む日が来るのを、私は待ち望んでいる。
「生徒会のお仕事、お疲れ様でございました。宜しければクアトラ家の馬車で一緒に帰りませんか?」
「いや、既に従者を待たせている」
淡々と口にするユリアン様に、私は内心チッと舌打ちをした。そんなもの、放っておけばいいものを。
「でしたら明日の放課後はテラスでお茶でも」
「明日も生徒会の集まりがある」
「そうですの」
私はがっくりと肩を落としたが、ユリアン様は気にもしていない様子。本来ならばこの私にこんな態度、許せるはずもないけれど。彼だけは昔から特別だから笑って許してあげる。
ユリアン様の婚約者となり約十年。本格的な妃教育は卒業後だけれど、私だって彼の素晴らしい伴侶となるべくきちんと努力してきた。
ユリアン様の何が一番素敵かって、顔以外にはない。彫刻のように整ったこの姿、きっとこの方の容姿に敵う男性なんてこの国にはいない。
そして彼につり合う女も、私だけなのだ。
「まぁ、見て?クアトラ様、また殿下にあしらわれてるわ」
「懲りないわよね。殿下も本当は、クアトラ様の本性に気付いてらっしゃるんじゃないかしら」
「そうだといいのに」
ユリアンの横顔をぽーっと夢見る乙女の瞳で見つめているアリスティーノには、そんな陰口など耳に入らなかった。
入っていたならば、彼女達はただでは済まされなかっただろう。
(こんなつまらない学園さっさと卒業して、早くユリアン様と暮らしたいわ)
アリスティーノの頭に描かれている未来には、自分が第四王子の妃となる姿以外見えていなかった。
今ユリアンの態度がそっけなかろうが、どうだっていい。彼は基本的にどの女性にでもそうだし、結婚してしまえばこっちのものだとアリスティーノは思っていた。
そう、全ては思い通りだったのだ。
あの日“あの女”が現れるまでは。