ミモザのハンカチ
八歳のくせに優雅に脚を組み紅茶を嗜む姿、以前ならほうっと感嘆の溜息を吐いていたことだろう。
温かな春の日差しが差し込むコンサバトリーにて、私達は優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいる最中だ。
「ユリアン様、私貴方にお渡ししたいものがあるのです」
早速、私はテーブルの上に綺麗にラッピングされた刺繍入りのハンカチを置く。ユリアン様の表情は変わらず、紅茶のカップに口をつけたまま視線だけをそれに向けた。
「これは何?」
「ハンカチです。最近刺繍の勉強をしていて、これは私が初めて成功したものなのです」
「どうして僕に?」
そう尋ねられて、私はこてんと首を傾げた。何故、と言われればそれはリリに言われたからに他ならないのだけれど。それをそのまま伝えても、きっと気分は良くないわよね。
ううんと頭を捻った後、私はぱっと明るい表情をしてみせた。
「誰かに見て欲しかったのです。たくさん練習した、その成果を」
「それは僕じゃなくてもよかったんじゃない?」
「だってユリアン様は、嘘を吐かないから」
けろっと吐いた何のことはない言葉。それなのにユリアン様は何故か、驚いたように目を見開く。
「僕って、嘘吐かないかな」
「さぁ?少なくとも私にはそう見えます。この私に対してお世辞を使わないのは、ユリアン様くらいですもの」
今の私のプライドは以前に比べてまだ小高い丘くらいなので、ハンカチをプレゼントすることはなんとも思わない。どうせ今は、婚約者なのだし。
ユリアン様は包み紙からハンカチを取り出すと、ただじいっとそれを見つめる。そしてそっと、刺繍された黄色いミモザの花を指でなぞった。
「…君はいつも本当にまっすぐだね」
「まぁ珍しい、ユリアン様が私を褒めてくださるなんて」
「別に褒めてないよ」
この…なんて捻くれ者なのかしら。やっぱりハンカチなんて、あげるんじゃなかったわ。
隠すことなく頬をパンパンに膨らませながら、ぷいっとそっぽを向く。
しばらく沈黙が続いたのでそーっと視線を彼に戻すと、さっきと寸分変わらぬ格好でハンカチを見つめていた。
「あの、ユリアン様」
「なに?」
こういうことは、得意じゃない。というよりも、やったことがない。私はいつも物事を上部だけで判断していたし、それを悪いと思ったこともなかったから。
「もしかして、何か落ち込んでいらっしゃいますか?」
また、だ。また彼は目をまん丸にして、ジッと私を見つめる。さっきから一体、何に驚いているというのかしら。子供の考えることはよく分からないわ。
「驚いたな。君ってそういう気遣いのできる人だったんだね」
「いいえ、できませんわ。私、相手に何かを察してもらおうとする人が大嫌いですもの」
すぐにしまったと思い、パッと手で口を隠す。
ユリアン様は怒る様子もなく、それどころかふっと頬を緩めた。
「やっぱり君は、性格が悪いね」
「この機会に言わせてもらいますけれど、ユリアン様も私に負けず劣らず中々の捻くれ者でいらっしゃいますわ」
「僕は、君の前でだけだから」
ユリアン様はゆっくりと立ち上がると、私のすぐ傍まで足を進める。そして手の平でそっと、私の琥珀色の髪を掬った。
「ねぇ、アリスティーノ」
「な、なんですか」
普段とは違う様子のユリアン様を前に、心臓がドクリと脈打つ。まさか八歳の子供の色香にあてられてしまうなんて、私は頭がおかしくなったのかしら。
「覚えてる?一年前君は僕にこう言ってくれた。僕は僕のままで、充分魅力的だと」
「…」
言ったかしら、そんなこと…
「あの言葉、凄く嬉しかった」
「そんな小さなことが?」
「僕にとっては大きなことだよ」
ユリアン様はそう言って柔らかく目を細めると、流れるような動作で私の髪にチュッと口付けをした。
「ハンカチありがとう。大切にする」
もしもこの表情が嘘ならば、性格が悪いのは私ではなくユリアン様の方だと思った。