ごめんなさいをしましょう
ーー遂に天罰が下ったのね。今まで好き放題にしていたバチよ
ーーいい気味だ。誰も同情なんてしちゃいない
ーー人の気持ちを考えられない人間は、誰にも愛されない
「煩い、うるさいうるさいっ!!そんなこと、分かってるわよ…っ」
自室で一人、琥珀色の綺麗な髪をぐしゃぐしゃと掻きむしる。これは妄想でも何でもなく、私が断罪されている最中に掛けられた言葉達。
「違うわ…今の私はもう、あの時の私とは違うわ……」
まるで呪文のように、何度も何度も繰り返す。心臓に手を当て、ゆっくりと呼吸をしなければと意識する。
今日はつい、取り乱してしまった。ユリアン様にあんな態度を取るつもりなんてなかったのに、図星をつかれて怒るなんて、私は一体何をやっていたのかしら。
以前の私には、この憤りを消化する術があった。それは、他者にぶつけることだ。気に入らない誰かを苛めて蔑んで、それて自身のうっぷんを晴らしていた。
「我ながら、なんて最低なのかしら…」
今思うと、なんだか哀れにすら感じてくる。きっと皆の言う通り、私は誰にも愛されていなかった。クアトラ家の公爵令嬢でユリアン様の婚約者でなければ、きっと私は誰からも相手にされていなかった。
上辺だけで、中身は空っぽ。私自身には、何もない。
「…空っぽなら、今から埋めていけばいいじゃない」
ぽろぽろと溢れる涙をぐいっと手で拭って、私は上を向く。後悔ならばもう、この二年嫌というほどしてきた。今すべきは、子供のようにめそめそとべそをかいて暮らすことなんかじゃない。
「私は人の心に寄り添えるような、優しい令嬢になるのよ!」
人生を逆行してから、もう何十回目になるだろう。私はふんふんと鼻息きを荒くしながら、天高く拳をまっすぐに突き上げた。
「まずは謝罪からね。今日のことをユリアン様に謝らなくっちゃ」
私は机から花の模様のついた便箋を取り出すと、ペンを持ち頭を揺らす。謝罪の手紙なんて、人生で一度も書いたことがない。
こんなことをしてもまた、さっきのように「心とは違う」なんて言われてしまうのかしら。
だけど、ユリアン様の仰ることは正しい。今の私は必死に言い聞かせてるだけだもの。良い子でいなくちゃって。
「なかなか上手くはいかないものね…」
ぽつりと呟いた瞬間、手が震えてインクが滲んでしまう。私は慌てて新しい便箋に取り替えた。
次の日。思い立ったが吉日ということで、私は早速ユリアン様が住まう別邸へと足を運んだ。普段彼は宮殿ではなく、そのすぐ側にある別邸で暮らしている。彼以外の兄弟の住まいは全員宮殿だけれど、私はそんなユリアン様が自由で羨ましい。
親の目の届かない所で好き放題できるなんて、最高の環境よね。
「アリスティーノ」
「突然申し訳ありませんユリアン様。私どうしても、昨日の謝罪がしたかったのです」
にこりと笑う私とは対照的に、ユリアン様はいつも通りのポーカーフェイス。だけどちゃんと中に入れてくれたから、とりあえず怒ってはいないみたい。
応接間に通された私の前に、色とりどりのお菓子が次々と置かれる。シンプルだけどセンスの良いティーカップとソーサーにも、思わず目を奪われた。
「あのユリアン様、これは一体…」
「昨日のお詫びだよ」
「お詫び、ですか?一体なぜ」
お詫びすべきは、王子殿下に不遜な態度を取った私であって彼ではないのに。そもそもユリアン様は、決して私にこんなことをする人ではない。
「君を傷付けてしまったから」
ユリアン様のグレーの瞳が僅かにゆらっと揺れる。私も動揺してしまって、一言お礼を述べるだけで精いっぱいだった。