お気に入りの場所が台無し
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我がクアトラ公爵家の強みは、その広大な領地にある。比較的平地が多く、森林や湖などの自然が占める割合と人々の暮らす居住地のバランスが絶妙で、作物や動物達が育ちやすい風土にも恵まれている。
人口が多いということは利点も多いが、その分いざこざも起きやすい。お父様は大勢の部下達を上手く使い、火種の小さなうちに問題を治める。そして定期的に、領民達に娯楽と闘争心を適度に煽るような催し物を開催していた。
例えば、クアトラ領の特産物の一つでもあるルヴァランチアカボチャの大きさを競うコンテストを開催したり、その年で一番上等なワインを醸造した者を選出し、それを国王陛下への献上品としたり。
お父様はとにかく、そういった人心掌握術に長けていたのだ。
住み良い環境とそういった盛り上がりのお陰で、クアトラ領に移り住みたいと願う平民は後を絶たない。そういった理由から、クアトラ公爵家の資産は年々膨らんでいくばかりだった。
「君の父上は財を成す才に長けているね」
クアトラ公爵家の敷地内にある、湖の見える小高い丘。お父様に頼んでここにガゼボを建ててもらった私は、しょっちゅうこの場所で遊んでいた。
以前の私は成長するにつれ外でなんて遊ばなくなったから、この場所はなかったけれど。
ここは今の私の一番のお気に入りだ。そよ風に吹かれながら、一人で考え事をするのにとても良い。
それなのに。
「僕ももしかしたらここを継ぐかもしれないのだから、今から勉強しておいて損はないよね」
目の前にいるユリアン様は、私の気持ちなんてお構いなしにまるで独り言のように何かを呟いていた。
私達の間に婚約が結ばれてから早二年。七歳になった私は順調に、平凡な令嬢への道を歩んでいる最中。
…とは、あまり言えない。
環境とは、恐ろしいものよね。幾ら私が努力しようとも、周りが全力で甘やかしてくるんだもの。まだ十歳にも満たない子供がそんな風にされたら、価値観が歪んでしまうのも無理はないわ。
時折以前の私の影が顔を出し、その度にリリに泣きついているけれど、最近はそれにも限界を感じていた。
「それにしても、ここは本当にいい場所だね。あの湖を見ていると、些細なことがどうでも良く感じられるよ」
「あのユリアン様」
私は隠すことなく盛大に溜息を吐き、彼をじろりと睨む。以前の私では考えられなかった行動だ。
そしてそれは、ユリアン様にも言える。婚約が結ばれてから約二年。彼はもう何度も、こうして私の屋敷を自ら訪れている。決して好かれているようには思えないし、訳の分からないことをぶつぶつと呟いては、自己完結して満足そうに去っていく。
なんだか私、別の意味でこの方が怖いわ。
何を考えているのか全く分からないんだもの。
「何?」
「ユリアン様は、ここにいらっしゃって楽しいのですか?」
「うん、それなりに」
全く、なんなのかしら。とても七歳とは思えないふてぶてしさだわ。
以前と違って媚びる気のない私はもうすっかり、ユリアン様に対して猫をかぶることを止めている。
彼だって、私に笑いかけたのは後にも先にもあの一度きり。ここに訪ねてきたって、ちっとも楽しそうじゃない。
「君は楽しくないの?」
「顔を見て分かりません?」
「さぁ、どうだろうね?」
リリ!助けて!
半ば涙目になりながら後ろに控えているリリにSOSの視線を送ったけれど、彼女はただ優しい笑顔で微笑むだけだった。なんとなくリリの心の声が透けている気がする。
ーーお嬢様が楽しそうでなによりです
やめてよ!ちっとも楽しくないから!
せっかくの優雅な時間を邪魔されて、私は思いきり唇を尖らせた。
「幾ら婚約者だからとはいえ、こんな場所ではキスできないよ」
誰が!キスなんてせがんでいるっていうのよ!