定められている彼との婚約
それから一ヶ月は経っただろうか。両親に呼び出された私は、ユリアン様との婚約が纏まったことを聞かされた。
「これからはアリスティーノも、公爵令嬢として恥ずかしくないよう淑女としての振る舞いを覚えていかないといけないわね」
私の頭を撫でながら、お母様が優しい声色でそう言う。
「流石アリスティーノだ。たった数度顔を合わせただけで殿下に気に入られてしまうとは」
「当たり前じゃない。私達のアリスティーノは、世界で一番可愛いのだから」
二人の会話をぼんやりと聞きながら、私の頭の中は冷静だった。以前の私も、彼と婚約していた。ただ身分がつり合っていたというだけで、ユリアン様が私を気に入ったからではない。
だけど私、あの方があんな風に笑ったところを初めて見たわ。もしかしたら、覚えていないだけかもしれないけれど。
「…いいえ、違うわ」
今までユリアン様に笑いかけられたことなど、一度だってなかった。それを渇望していた私は、チャイ王女が憎くて仕方なかった。
私以外の女が、彼に微笑まれるなどあってはならないと。
彼女を階段の上から突き落とそうと手を伸ばした時私は確かに思ったのだ。
ユリアン様から優しくされる貴女なんて、この世からいなくなってしまえばいい、と。
「ん?今何か言ったかい?」
「いいえ、何も?」
天使のような笑みを浮かべて誤魔化した私は、ソファーからぴょんと飛び降りると上目遣いにお父様を見つめた。
「お話は終わり?もう行ってもいい?」
「まぁ、アリスティーノったら」
二人共、穏やかな笑みで私を見つめている。こんなに優しいのに、結局私は見捨てられてしまうんだと。そう思う度に、胸が軋んで苦しかった。
「そういえば最近、アリスティーノが優しいと侍女達から聞いたよ」
「えっ、それは本当?」
「ああ、本当だよ」
それはとっても良い兆候だわ。いつぞやはユリアン様から「性格が悪い」なんて言われたけれど、やっぱり私はちゃんと変わりはじめているんだわ。
嬉しくなった私は瞳を輝かせながら、リリの方に視線を向ける。彼女も温かい笑顔でにこりと笑ってくれた。
良い調子よ、アリスティーノ。だけどバッドエンド回避の為には、もっともっと優しくならなくちゃいけないわね。
「だけどな?アリスティーノ。お前が使用人達に気を遣うことなんてないんだよ?」
「そうよアリスティーノ。私達は公爵家の人間なのだから」
そう口にする両親の笑顔もまた、リリと同じように温かなものだった。だけど私は何故か、素直に頷くことができなかった。