そう、私は性格が〇〇
「あぁ、やってしまったわ…」
現在自室にて蜂蜜入りの温かいミルクを飲みながら、ようやく落ち着いた私は後悔に苛まれていた。
ユリアン様の前であんな風に取り乱してしまうなんて、あってはならないことだわ。
いいえ、元はといえばユリアン様が悪いのよ。だって過去では私にあんな仕打ちをしたくせに。言うに事欠いて「性格が悪い」ですって?
そんなことを言われたら、フラッシュバックしたっておかしくない。歪んでいるのは一体どっちよ。
「…いいえ、違うわ。そうではないのよ」
私が本当に恐怖を感じたのは、ユリアン様ではなく自分自身だ。
リリのおかげで私は以前の私よりも遥かに”良い子″に育っていると思っていたし、そうでなければならない。
けれど彼にはっきりとああ言われ、自身の発言を振り返って思ったのだ。
ーーやっぱり、私は私
だと。
今思えばあの時きっと、ユリアン様は悩んでいたんだと思う。とても分かりづらいけれど、昔よりは分かりやすい。
第四王子という自分の立場にすり寄ってくる、嘘にまみれた大人達。大半の人間はユリアン様を”王子″として見ている。彼が彼であることなど、どうだっていいことのように。
私は、そんな彼に寄り添わなかった。贅沢を言うなと切り捨てた。まだたった、五歳の男の子を。
「確かにこれは、性格が悪いと言われても仕方ないわね…」
ユリアン様に言われるのは癪だが、確かに優しい人間の思考ではなかったと、素直に反省した。
私はアリスティーノだけど、以前のアリスティーノとは違う。
今の私は、己を顧み反省するということを覚え常にアップデートを欠かさない人間なのよ。
いつまでも以前の記憶に怯えていては、前には進めない。いい加減受け入れるのよアリスティーノ。
「私は性格が悪いわ!悪いのよ!」
まずはここからだ。自分を受け入れてやらなければ。
握った拳を天高く突き上げ「私は性格が悪いの!」と何度も繰り返していると、いつのまにか部屋にいたらしいリリが涙目で私を抱き締めてきた。
「どうしましょう、お嬢様が!ああお嬢様!」
「リ、リリ落ち着いて。私はどこもおかしくないから」
「お嬢様ー!」
今度からは、もっと小さな声にしましょう。彼女に余計な心配は、掛けたくないものね。
「そういえば、ユリアン様はもうお帰りになられたのかしら」
うんしょうんしょとリリの腕から抜け出した私は、彼女に尋ねる。
「殿下なら、ちょうど今お帰りになられるところです。それでお嬢様をお呼びしようと」
「ありがとうリリ、私行くわ」
フリルたっぷりのドレスをふわりと翻し、私は足早にユリアン様の元へと向かう。流石にこのままお別れでは体裁が悪い。次に会うのはいつになるか分からないのだから。
「ユリアン様っ」
螺旋階段を駆け降り、私は小さな手で胸を押さえながら呼吸を整えた。
「アリスティーノ。体調はいいの?」
「先程は失礼いたしました。私たまに、ああなってしまうのです」
ユリアン様はグレーの瞳を揺らし、じっと私を見つめる。
「どこか悪いの?」
「ええ、性格が」
にこりと微笑んでみせれば、その場にいた私以外の人間が全員息を呑むのが分かった。
「アハ、アハハッ」
しばらくぽかんとしていたユリアン様は、盛大に噴き出す。子供らしい笑い声をあげ、けたけたと笑った。
「君は面白いね。僕の想像とは違ったみたいだ」
「あ、あの」
「また来るよ」
すぐに笑顔は消えいつものポーカーフェイスに戻ったが、馬車に乗り込むその背中はどこか満足げに見えた。
「…」
そういえば私、彼の笑ったところを初めて見たわ。