勘違いの言葉
なんなのそれは。盛大な嫌味かしら。
ユリアン様の意図が分からず、私は険しい顔をしながら彼を見つめる。
この間初めて会ったばかりなのに、そんなに私のことが嫌いなのかしら。
「僕は人から、嫌なことを言われたことがないんだ」
「はい?」
「それが嫌なんだ」
さわさわと爽やかなそよ風が、ユリアン様のグレーの髪で遊ぶ。彼はくすぐったそうに、前髪を指ではらった。
「心の中と、顔が違う。そういうの、僕分かるんだ」
「…それはまぁ、なんというか」
「君はそれが特に分かりやすくて」
「まだ子供なので」
きっと、本当の子供はこんなことは言わない。ユリアン様もそう感じたのか、私の言葉に少しだけ頬を緩めた。
「君が僕のことを良く思っていないなら、正直にそう言ってほしかったんだ」
「それは何故ですか?」
「嘘に疲れたから」
五歳のくせに、嘘に疲れただなんて。王家に産まれ最高の環境で育ち、その上見た目もこんなに美しい。多少の嘘くらい、仕方のないことだ。
もしかしてユリアン様は、私よりワガママな人なのかもしれないわ。
「私が今から何を言っても、許してくださいますか?」
「うん」
本当は、つかず離れずの距離を保つ予定だった。それにより婚約話がなくなれば、私が死ぬ確率はもっと低くなる。
私が彼の婚約者でなければ、私もチャイ王女を妬まなくても済むのだし、全ては丸く収まる。
だからあまり下手な発言はしたくなかったのだけれど。
過去も今も、私は本当にユリアン様の外見以外は嫌いだわ。
「それは甘ったれの考えですわ」
ユリアン様の瞳を見つめながらきぱっと言い放つ。彼は一瞬、驚いたように目を丸くした。
「欲しいものはなんでも手に入るのだから、その中で満足すべきです」
「欲しいものは、なんでも…」
「言っていることが真実か嘘かなんて、どっちでもいいじゃありませんか」
貴方は王子様なのだから、どうせ誰も逆らえはしない。だったらその立場を最大限に利用して、幸せに生きていけばいいじゃない。
「ユリアン様は王家に産まれたその瞬間から、恵まれているのですから」
「…」
ふんと鼻を鳴らして、私はしてやったりという顔をしてみせる。
ユリアン様の悩みなんて、私に比べたらちっぽけなものなんだから。
「約束しましたよね?何を言っても許してくださるって」
「うん、確かに約束した」
「じゃあ、怒らないでくださいね」
五歳相手に、少し大人気なかったかしら。過去に捨てられた恨みを、つい目の前のユリアン様にぶつけてしまった。
彼は感情の読めない瞳で、私をじっと見つめる。そして静かに口を開き、言った。
「君はとっても性格が悪いんだね」
と。
その台詞に、私の身体はわなわなと震え出す。自分が正直に言えと言ったくせに、この私にそんなことを言うなんて。
それはもう腹が立って腹が立って…
「…いえ、違うわ」
怒りで震えているのではない、これは恐怖だ。
「私…私何も変わってないわ」
顔からさぁっと血の気が引いていく。急に様子が変わった私を見て、ユリアン様が動揺しているのが分かった。
「リリ…リリぃ…っ!」
「お嬢様っ」
後ろで待機していたリリが、私の元へ飛んでくる。縋るようにリリに抱きつくと、彼女はそのままふわりと私を抱き上げた。
「申し訳ございませんユリアン殿下。アリスティーノお嬢様は、体調を崩されてしまったようです」
「えっ、急に?」
今の私には、ユリアン様を気遣う余裕などない。
「やだ、やだぁ…」
走馬灯のように襲ってくる自身の死ぬ瞬間の映像に、ただギュッと目を瞑り恐怖に震えることしかできなかった。