裏では酷い言われよう
王立学園のカフェテリアの片隅で、男女数人がこそこそと話し込んでいる。この場に本人が居ないことを念入りに確認してから、その中の一人が口を開いた。
「クアトラ嬢、またやらかしたらしいぞ。二年のピニック子爵令嬢を呼び出して、泥塗れにしたって」
「毎度毎度よくやるよな。ここまでの悪役っぷり、ある意味感心するよ」
令息達の言葉に憤慨するのは、そこにいる女子達。
「何言ってるのよ!私みたいな下級貴族の気持ちも考えてよね!いつ自分に火の粉が降りかかるか、考えただけで恐ろしいんだから」
「そうよ!あの“狼の瞳”に睨まれたらもう、怖いなんてものじゃないわよ!」
“狼の瞳”とは、アリスティーノの目の色を揶揄している。彼女は琥珀色の綺麗な瞳をしているが、本人の性格がああである為、狼などと陰口を叩かれているのだ。
艶やかな長い髪も、瞳と同じ綺麗なアンバー。故に尚更、狼と囁かれる。
「殿下も殿下だわ。あんな性悪女にすっかり騙されて、好き放題させているんだから」
「おいやめろ!流石にこんな場所で殿下の話はまずいって」
「だって!」
興奮する令嬢を宥め、その令息は一層声を潜めた。
「でも最近特に酷いから、そろそろ殿下も気付くんじゃないか?自分の婚約者がとんでもない性悪だってさ」
「だといいけど。クアトラ嬢、性格以外は完璧なんだもの」
皆一様に、頭の上にぽわんとアリスティーノの姿を浮かべる。琥珀色の丸い瞳と長い髪、キュッと小さく纏まった顔にポテッとした唇。スタイルも細く手足も長い。
正にまごうことなき、学園一の美少女である。
「加えて公爵令嬢で親や兄から甘やかされ放題、そりゃああんな性格にもなるわよ」
「そろそろやめよう。どこにスパイが潜んでいるか分からない」
「大丈夫よ。彼女学園一の美少女だけど、学園一の嫌われ者だもの」
「だけど点数稼ぎする奴もいるから」
令嬢ははぁっと深い溜息を吐くと、目を細めて目の前のコーヒーカップを見つめた。
「早くバチが当たってくれないかしら」
実は彼女の友達は、アリスティーノに苛められ心を病んで学園を去った。何も出来なかった自分を悔やんでいるが、所詮下級貴族では彼女に敵いはしない。
せめて一矢報いたいと、ゆらゆら揺れる漆黒のコーヒーの海にありったけの呪いを込めたのだった。
そんなことはどこ吹く風。今日も今日とてアリスティーノは、元気に気に入らない令嬢を苛める。
泣きながら許しを乞う姿を見下ろしながら、彼女も彼女ではぁっと深い溜息を吐いた。
つまらない、なんてつまらないの。
反抗されるのも腹が立つが、こうも手応えがないと興も覚めてしまうというものだ。
手が施せないほどの我儘女だが、教師や婚約者であるユリアンの前では盛大に猫を被っている。
しかしそんな彼女の本質を見抜けないユリアンもまた、学園内での評判は悪かった。