もう興味はないのです
ユリアン様とその他大勢を乗せた馬車が我が屋敷に到着した。私はフリルがたくさんあしらわれた淡いピンク色のドレスに身を包み、エントランスホールまで出迎える。
両親と三人のお兄様、屋敷の使用人達がずらりと並び、ユリアン様の到着を笑顔で喜んだ。
私だって十六歳よ。表情を取り繕うことなんて簡単。内心面倒に思いながらも、子供らしい笑みを浮かべてみせる。
アフタヌーンティーには少し早い時刻だったので、両親は私達にユリアン様の相手をするよう命じた。
「屋敷を案内致しましょうか」
「図書室はいかがでしょう」
「乗馬などは」
お兄様達が様々な提案をしてみせるが、ユリアン様はそのどれにも良い顔をしない。感情の見えないグレーの瞳を、ただつまらなそうに揺らすだけ。
思えばユリアン様って、いつもこうだったわ。興味のないことにはとことん無関心で、愛想や体裁というものを持ち合わせていない。
つくづく私ってこの方のお顔だけが好きだったのね。
こんな仏頂面でも、神々しく光り輝いているのだから。
「私、あっちへ行っているわ」
この状況に飽きてしまった私は、ここぞとばかりに五歳の特性を利用する。この位の歳の子は、退屈に耐えられないのよ。
「あ、アリスティーノ?」
「湖が見たくなってしまったの」
そう口にして、たたっと駆け出す。その後ろをリリやその他の使用人数名が慌ててついて来た。
これはきっと、婚約話を明確にする為の来訪。もしかすると既に親同士の間では話がまとまっているのかもしれない。
どうせ避けられないことなのだから、抗うつもりもないけれど。もう昔のように、ユリアン様に気に入られようと媚びへつらったりなんてしないんだから。
「まぁ、良い風…」
敷地内にある小高い丘。ここからは遠くにある湖を見渡せる。王都周辺にあるタウンハウスで、この景色を見ることが出来るのは中々貴重だ。
子供の頃はお兄様達とよくここで遊んでいたけれど、成長してからはめっきり行かなくなってしまった。
だって風のせいで、髪が乱れるんだもの。
暖かな陽の光を受け、湖がきらきらと光っている。触れればきっと、滑らかで気持ちがいいんだろう。
水遊びなんてほとんどしなかったけれど、今度お父様にお願いしてみようかしら。以前出来なかったことが出来るなんて、逆行の特権よね。
風に遊ばれる琥珀色の髪をそのままにしていると、背後で芝を踏みしめる靴の音がした。振り返るとそこには、ユリアン様が立っていて。
相変わらず感情の読めない顔で、ジッとこちらを見つめていた。
まさかついてくるとは思わなくて驚いたけれど、それを顔に出さずにこりと微笑む。
「ユリアン様」
「ここで、何を?」
「湖を見ています」
私はそれだけ言うと、ふいっとユリアン様から瞳を逸らす。せっかく離れたのに、なぜ追ってくるのかしら。
昔から、ユリアン様の考えることは全く分からないわ。
「宜しければご一緒にいかがですか?」
これは社交辞令。どうせユリアン様は了承しない。
そう思っていたのに、彼は無言のまま私の隣にやってくる。私は思わず思いっきりしかめ面をしてしまった。
「君は何でそんな顔をするの?」
「え…?」
「僕のことが嫌い?」
まさか、あのユリアン様からこんな質問をされるなんて。
私の記憶にあるユリアン様よりもずっと、目の前の彼は幼い話し方をする。けれど纏う空気は、どう見ても五歳とは思えない。
「嫌いなんて、そんなことありません」
「じゃあ興味がない?」
「どうしてそんなことを聞くのですか?」
私の質問に、ユリアン様はグレーの瞳をふいっと湖へ向けた。
「そうだったらいいなと思って」
その瞬間強い風が吹き、再び私の長い髪が空へと散らばった。