ローズ・ガーデンでのひととき
ユリアン様ってつくづく、神に愛された方よね。国の第四王子で地位も権力も申し分ない上に、この容姿。魅惑的なグレーの瞳と髪、無愛想な表情も、見方を変えればとてもミステリアスだわ。
この仏頂面がいつか私の前でだけ崩れることを、私は十年以上も待っていたのに。
出会ってたった数ヶ月のチャイ王女に、私は何もかも負けてしまった。
「…」
ここのローズガーデンは、宮殿ほどではないにしろ種類が豊富で造形にも凝っていて見ていて飽きない。以前の私は、バラが大好きだった。華やかな芳しい香り、堂々と咲き誇る大輪の花、自身を守る為張り巡らされた棘。
「あら、ブッシュ・ローズだわ。素敵」
数あるバラの中でも、私が特に好きな品種。まさに「花の女王」と呼ぶに相応しい、天に真っ直ぐ伸びた荘厳な美の象徴。
以前の私ならば、ユリアン様の横顔に釘付けになっていたことだろう。だけど今はもう、ある意味で見慣れてしまっている。
二人でローズガーデンをただ無言で散策し、私は彼ではなくバラを見つめていた。
「君はバラに詳しいのか?」
しばらく歩いたのち、不意にユリアン様が私に言葉を向ける。視線は変わらず、こちらにはない。
「詳しいというほどではありませんが、好きではあります」
「君は本当に五歳?」
その台詞にドキリとし私は思わず足を止めた。それを貴方がいうのかという思いもあるが、確かに私の中身は五歳ではないので、ユリアン様の指摘は確かに的を射ている。
「それは私が大人びて見えるということですか?」
「あぁ、そう見える」
「でしたら光栄ですわ。そう見えるように振る舞っているので」
あまりにも幼稚な振る舞いは流石にプライドが許さないので、適当な言葉で繕う。最終的に可愛らしくにこりと笑っていれば、なんとかなるだろうから。
「クアトラ公爵家の令嬢なら、したい放題だろう。わざわざ大人ぶった振る舞いなんかしなくとも、どんなワガママだって許されるはずだ」
「まぁ確かに、それは間違っていませんわ」
甘やかされ放題、好き勝手し放題、それを咎めるものなどいやしないし、いたら家の力で捻り潰してきた。
私にとっては、それが当たり前のことだったのだ。
「ですがその先には一体、何が待っているのでしょうね」
私は彼方を見つめながら、ゆっくりと目を細める。
「全てを手に入れたと思っているのは、きっと自分だけなのです」
「…」
何も発さないユリアン様を見て私はハッとする。確かにこれは、あまりにも子供らしくないかもしれない。
「それに私よりも殿下の方が余程素晴らしい人生ですわ。なんといっても正統な王家の血筋なのですから。全て思いのままではないですか」
だから貴方は婚約者の私を捨て、チャイ王女を選んだ。王家の力の前には、クアトラ家の権力など何の意味もなかった。
「何か怒っている?」
つい過去の恨みが出てしまったのか、棘のある言い方をしてしまった。ユリアン様はグレーの瞳を無垢に揺らし、ただジッと私を見つめている。
この方からこんな風に見つめられたことなんて、あったかしら。それとも覚えていないだけ?
「何も怒ってなどいませんわ。そんな畏れ多いこと」
「…」
「それよりも、もっと楽しいお話をしませんか?」
これ以上話しているとボロが出てしまいそうだと思った私は、咄嗟に話題を変える。こんな時、五歳は便利だ。多少の脈絡がなくたって、子供だから許される。
「誰かと話すのは好きじゃない。特に君のような由緒正しい家のご令嬢とは」
「な…っ」
一瞬反論しかけたが、小さな拳を力いっぱい握り締めぎりぎりのところで耐えた。
「そうですか。では散策を続けましょう」
私はにこりと微笑むと、再び足を進める。ユリアン様が驚いてるようだったけれど、私には関係のないことだった。