アリスティーノからみたユリアン
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「アリスティーノ。今日は王家の別邸に招待されているんだ。お前も一緒に行かないか」
ある日の午後。四階の子供部屋でノア兄様と人形遊びをしていた私に、お父様が声を掛けた。
王家の別邸といえば、確か王都から馬車でさほど遠くない気候の良い土地にあるカントリーハウスの一つ。広大な敷地内では乗馬や狩猟も楽しめ、とても素敵なローズガーデンもある。私もそこで、何度もアフタヌーンティーを楽しんだ。
クアトラ家も幾つもカントリーハウスを所有しているが、やはり王家は別格だと言わざるをえない。
「あそこはとってもいい所よね」
「何だって?お前は行ったことがないだろう」
「まぁ!」
嫌だわ私ったら。ちゃんと五歳児らしく振る舞おうとしているのに、どうしても十六歳の私が顔を出してしまう。
だけど仕方ないわよ。だって人は、そう簡単には変われないのだから。
「そんなことないわ!私は変わるのよ!」
頭の中の私を大声で怒鳴りつける。もう絶対にあんな思いは嫌だ。今だって週に何度も、悪夢にうなされては泣きながら目覚める。
その度にリリがすぐにやってきて、私を優しく抱きしめるのだ。おかげで私は、何とか穏やかに生活が出来ている。
彼女が居なければきっと私は、部屋の隅で毛布を被りいつか来る未来に怯えながら過ごしていただろう。改めて、リリに感謝しなければ。
「一体どうしたんだ、さっきから訳の分からないことばかり。どこか調子が悪いのか?」
百面相を繰り広げる私を抱き上げ、お父様が困ったように眉根を寄せた。
「今すぐ医者に診てもらうか。それとも空気の綺麗な場所で療養を」
「大丈夫よお父様!私は何ともないわ!」
自分でも、今の私は不気味だろうと思う。でも仕方ないのよ。同じ体に、五歳の私と十六歳の私が暮らしているのだから。
なんてこんなこと言ったら、精神的な病にでも罹ってしまったと思われるから、誰にも話せはしないけれど。
「本当か?我慢しているんじゃないのか?」
「我慢なんてしていないわ。私はとっても元気だから」
「しかし…」
お父様がなかなか納得しないので、私はここで最終手段に打ってでる。
「大好きよ、お父様」
抱き上げられたまま彼の首元に抱き着き、その頬にチュッとキスをした。微かに口髭が当たってくすぐったいけれど、ここは我慢しなければ。
「あぁアリスティーノ。お前はなんて可愛い子なんだ。まるで天使だ」
「お医者様を呼んだりしないでね、お父様」
「もちろんだ、お前の嫌がることはしないよ」
すりすりされると、余計にくすぐったい。私はにこにこと喜ぶフリをして、やんわりとお父様から顔を離した。
さて、話は戻ったわ。私は今から、王家の別邸へ行かなければならないのね。
頭を切り替えた私の中に、過去の記憶が蘇ってくる。そういえば私がユリアン様に初めてお会いしたのが、あのタウンハウスだった気がする。
子供ながらその美しさに、あっという間に心を奪われてしまった。そして、この私に優しくないということにも衝撃を受けた。
だから益々ムキになったのよね。絶対に彼を虜にさせて、妻になってやると。
現実離れしたユリアン様の容姿。隣に立てばさぞかし周囲から羨ましがられる。
正直にいえば、前回の私はユリアン様を一種のアクセサリーくらいにしか思っていなかった。
だってちっとも優しくないんですもの。猫を被ってしおらしくしてみた所で、あの無表情はピクリとも動かない。
私だって人のことは言えないけれど、ユリアン様だって見た目を除けば大した魅力はなかった。
いわゆる、お互い様ってやつね。